ファウスが城を離れてからも、ウェインはよく会いに行った。カーマンの手紙や、自分の近況を話しに。
ファウスはそれを楽しそうに聞いていた。
最後に会ったのは丁度実妹であるジーナと、カーマンの婚約が決まったくらいだった。
思えば、その頃がウェインにとって一番輝いていた時だった。
四将軍の一人に任じられ、大切な妹と親友の結婚が決まった。
順風満帆で、言う事はない。
しかも、妹に子がいると分かった時には夜通しカーマンと飲み明かしたものだ。
だが、数年前のある日。
突如東の塔に落雷があり、塔が吹き飛んだ。
解き放たれたのは幽閉していた女性、今の女王だ。
カーマンはすぐにジーナをウェインに託して逃げるようにと言った。
だが、それは叶わなかった。
瀕死の傷を負ってもなお、妹と親友の願いを守ろうとしたウェインの前に転がったのは、無残な姿になったカーマンと、その両親。同僚の姿だった。
発狂したように悲鳴を上げるジーナを庇いきることもできず、ウェインも親友と同じ運命を辿る覚悟を決めていた。
「私が今日から、この国の女王になる。女王には、優秀で見栄えのいい側近が必要だろ?」
その声は、突然とウェインに向けられたものだった。
睨みつけるように見上げた先で鮮烈なまでの鮮やかな笑みを浮かべた女王の姿を、ウェインは今でも覚えている。
「お前、私の側近にならない?」
「誰、が……っ」
「勿論、ただでなんて言わないわ。そうね……そこのお嬢さん、随分大事そうに守っていたみたいだから、助けてあげましょうか?」
忠義、友情。
その言葉が、一瞬ぐらついた。
背後で悲鳴を上げて泣き叫び、発狂したような妹を見る。
大切な肉親であり、友の願い。
その腹には、忘れ形見がいる。
捨てられるものではなかった。
「……それで、私の忠義を買おうと?」
「えぇ、そうよ」
「……承諾した」
思えばこれが、人生において一番の間違いだったのだろう。
ジーナはそのまま西の塔に幽閉された。
ウェインは女王の側近として、何も言わずに命令に従っていた。
何度か、自害も考えた。
だが、それも契約のうちなのかどうしてもできなかった。
逆らう事も、自ら死を選ぶ事もできない。
ウェインはゆっくりと塔を登る。
そして、虚空を眺めるジーナに弱々しく声をかけた。
「すまない、ジーナ。長い間、お前にも辛い時間を強いた。無力な兄を、許してくれ」
返る答えなどない。
わかっていながらも声をかけ、ウェインは広間へと向かった。
◇◆◇
かつての王都は一面の銀世界となっている。
それを裏付けるように、城の中もひやりと冷たい。
青い蝋燭の炎に照らされる石造りの白い壁など、見ているだけで寒気がする。
ファウスが教えてくれた秘密通路を抜けた一行は、今は使われていない食堂の暖炉から這い出した。
「相変わらず薄気味悪いわね」
埃やらを叩き落としながらぼやいたジュリアは、真っ先に扉へと近づいて敵の有無を確認する。
そこはとても静かな場所で、気配すらない。
「ここから東に行けば大広間、その奥には玉座の間があります。女王はおそらくそこでしょう」
グラディスの言葉にジュリアも頷く。
ラクシュリは拳を作って気合をいれている。
ロッシュはどこか不安そうだ。
「じゃ、さっさと女王ぶっ飛ばして終わらせようぜ。この間の借りもあるんだ」
「待ってください、ラクシュリ。実は、お願いしたい事があるんです」
気合満々に歩き出すラクシュリを呼び止めたグラディスは、進行方向とは逆の西へと指を指していた。
「貴方とジュリアさんには、このまま西の塔へと行ってもらいたいのです」
「なんで!」
「そこに、私の力を封じた玉があるんです」
グラディスの話しにジュリアも耳を貸す。
全員の注目が集まる中で、グラディスは苦笑しつつ事を説明した。
「西の塔は、かつて私が幽閉されていた場所です。そこで、私は日に日に強まる力に怯えていました。いつか、この力が暴走して多くの人を傷つけるのではないかと。だから私は玉の中に少しずつ、力を貯めて一定の魔力を保ったのです。ですが、数年前の混乱の時にはそれを持ち出す時間がなかった。今でも、塔の最上階にあるはずです」
「本当にあるの? そんなたいそうな物、もうとっくに処分されてるんじゃないの?」
腕を組んで訝しげにするジュリアに、グラディスは首を横に振る。
そしてきっぱりと、その可能性を否定した。
「それはありません。あれは強い火の力。女王と女王の手下には触れることすらできません。人間も同じです」
「おい待てよ。そんなんオレらにどうしろってんだよ。触れないんだろ?」
今度はラクシュリが物言いをつける。彼女の言う事ももっともだが。
「貴方の持つそのラカントの短剣で壊して欲しいんです。そうすれば、力は主である私のところに戻ってきますから」
「そんなら、いいけどさ」
渋々といった様子で承諾したラクシュリに、グラディスは優しく微笑みかける。
ジュリアも異論はないらしく、グラディスとロッシュに背を向けた。
「拳くらいの大きさの真紅の玉です。赤い瞳の竜の石像が守っています。お願いしましたよ」
「分かった。気をつけろよ」
「えぇ」
頼りないグラディスの声を背にして、ラクシュリはジュリアと共に走り出す。
見送ったグラディスとロッシュは、ゆっくりと広間へ向かって歩き出した。