町の全てがうす青く光り、天高く光を巻き上げる。
地下に作り上げた水路の魔方陣を、魔力が流れ光るのだ。
その光に触れた傀儡の兵士はことごとく消えてゆく。聖なる物に触れれば穢れをまとう死者は天の理によって浄化されていくのだ。
それはまるで、天に昇る魂の舞であった。
滅ぼす光ではなく、浄化の光。
女王に殺され、その魂ごと肉体を不死とされた者は魂の浄化も叶わず穢れ落ち、やがてこの地を彷徨う悪鬼と化す。
そう、言われている。
「そうか……救われたか……」
無言の救済を見上げ、ウェインは瞳を閉じて黙祷する。
死した全ての人の冥福を、心から願って。
鳴り響くベルの澄んだ音色。それが四方から聞こえ、消えてゆく。
一つ鳴れば更に光は増してゆき、二つ鳴ればより多くの兵が救われてゆく。
やがてその音が消える頃には、全ての兵士が綺麗に消えていた。
すべき役目を終え、ファウスは瞳を閉じる。
いや、まだ体の感覚があることに驚いていた。
目が見える、音が聞こえる、息が吸える。
生きていることをこれほどに喜んだ事はなかった。
ファウスの準備は町の建設と同時に行われていた。
地上の通路や門には普段女王の部下が入り込まないように。
その地下では水路を作り、五つの魔方陣を柱とした浄化の魔法を用意していた。
そしてその四つの魔方陣全てに、自分の力と魂を移した傀儡を用意したのだ。
傀儡はよくその体に自然の気を溜め込んでくれた。
それでも、町一つに入り込んだ全ての不死者の浄化など可能かどうか分からなかった。
できたとして、魔力が足りず命を食われる事も覚悟していたのだ。
ゆっくりと、ファウスは体を起こす。
そして、壁に体を預けながら地上を目指した。
古ぼけた教会の扉を開ける。
そして、静まり返った町を見回した。
「陛下……」
崩れそうな体を引きずり、ただ最後の命令だけを刻んで行く。
力尽きようとも、立ち上がり歩く。
そうして、噴水のある広場まで辿り着いた。
僅かに見上げた先に、人の姿がある。
死者は全て浄化したのだから、それはすなわち生身の人間である証拠だ。
そしてその男は、ファウスの知っている者のように見えた。
「ウェイン……」
「ファウス?」
声に気付いたのか、男が慌てたように近づいてくる。
黒い服を好む、気の優しい男。
誓いをたてし親友。
旅をしている先々でも、時折会いにきてくれた人。
「ファウス!」
ウェインの姿を見た瞬間、ファウスは全ての気が抜けてしまった。
途端にこみ上げる咳と、重く動かない体。
咳き込んだその唇からは、赤いものがポタポタと落ちた。
「しっかりしろ、ファウス!」
抱き起こしてくれて、見上げるウェインは決して他人に涙など見せる男ではなかった。
ただ今は、泣きそうな顔をしている。
その先に、彼の未来が見えた。
見えないはずの、過去も少し。
「ウェイン……辛い思いを、したんですね」
消えそうな声でファウスは言う。
触れるウェインの手は、とても暖かく感じた。
それは自分の体が徐々に、冷たくなっているということでもあった。
「私がいない間、貴方は苦しんだんですね」
「ファウス、もういいんだ。何も喋るな。頼むから、お前まで俺を置いてゆかないでくれ」
ウェインの願いに、ファウスは首を横に振る。
やはり、運命は変わらなかった。
ラカントの力があってもほんの数刻死が伸びたに過ぎない。
でも、この数刻には大きな意味がある。
自分の命は救えなくても、違う命は救えるのだ。
この、たった一つかけがえのない命だけでも。
「ウェイン、私は貴方に会えてよかった。貴方だけでも……救える」
「何を、言っている?」
困惑に揺れる瞳を見上げ、ファウスは自分の右目に触れた。
全ての魔力と願いと、魂すらもそこに集めるように意識を集中させて。
消えていくものを感じる中で、右目だけは熱く感じる。
この願いが、この思いが叶うように。
「ウェイン……陛下をお願いします……」
右の瞳に集めた力と言葉を乗せて、ファウスはウェインの左目に触れた。
瞬間、ウェインは瞳に熱い痛みを感じた。
だが、痛みは一瞬のものですぐに消え、視界にも体にも変化はない。
あるのは、綺麗な笑みを浮かべて瞳を閉じた、親友の体のみだった。
「ファウス?」
揺さぶっても、声をかけても、もうそれは届かない。体の重みがずっしりと腕に残る。
熱を持っていたはずの体からその熱の全てが消えてゆく。
「ファウス!」
叫ぶ名に、答える者はもうない。
ウェインはその体を抱き締め、声を殺して涙を流した。
「あら、一足遅かったわね」
親友の体を抱き、涙を流すウェインの上に声が響く。
見上げた先では女王が、少々不機嫌そうにファウスを見ていた。
「私の忠実な僕だったのに、全部消えてしまったわ。せめて嫌がらせくらいしようと思っていたのに、さっさと旅立つなんて」
ウェインは無意識に、ファウスの亡骸を庇った。
腕に抱き、反逆の意思を持つ瞳で睨み付ける。
だが、女王は見下ろしその腕を上げると冷酷な声で命じた。
「貴方が私に逆らえるわけがないでしょ? 身の程をわきまえなさい」
ずしりと重く、見えない力がウェインを押しつぶす。
無様に地へと張り付き、ウェインは声にならない声を上げる。
だが、絶対的な力と契約は彼を決して見逃してはくれなかった。
「まぁ、いいわ。おばかな子達は自ら、その場所を教えてくれるようだし。手土産くらいは持っていけそうだもの」
「や、めぇ……っ」
ウェインの目の前で赤い飛沫が上がる。
投げ出されたファウスの体から、首だけが持ち去られる。
それをただ見ているしかできないウェインは唇を噛みしめるしかない。
「貴方は先に戻っているといいわ。それと、二度と反逆なんてしないことね」
ふわりと夜の風に紛れて、女王の姿が消える。
そうしてやっと、ウェインは自由を取り戻した。
無残にも首を取られた体を、ウェインは抱き上げる。
そして、ゆっくりと町を後にした。