目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
信念と希望の御旗(2)

 ただ、その言葉を聞いてしまっては、もう戻れないような気がしていた。


「ラカント様、ご自分の行く末を定められたのですね」

「……」

「ラカント、って……」


 白の神。グラディスは確かにそのように説明してくれた。

 ラクシュリはマジマジとグラディスを見る。

 それに、グラディスは苦笑した。


「黙っていた事は謝りますから、そんな非難めいた目で見るのはやめてください」

「お前!」


 ラクシュリは口をパクパクさせる。

 そして、同じ気持ちを分かち合おうとジュリアも見やったのだが、なんとなく感づいていたジュリアのリアクションは薄い。

 結局一人でパニック状態だ。


 グラディスはファウスを見る。

 そして、困った顔をしてみせる。

 心の内など決めていない。痛いのも、辛いのも、苦しいのも本当は嫌だ。

 けれど、もうそんな個人の感情で嫌々を言える状況ではないように思う。

 運命に導かれた、確かにそうだ。見事に神の描いた道を進まされたのだろう。


「ほら、ファウス。いい加減下がれよ。そいつ、困ってるだろ」


 そう、不意に声がした。

 全員の視線が声の主である黒髪の青年に向く。

 彼は息をつき、三人に歩み寄った。


「俺はロッシュだ。こいつが不躾に悪いな」

「あぁ、いえ」


 ニッと笑うロッシュは、グラディスに握手を求める。

 それに応じ、三人と二人はとりあえずこのギクシャクした状況を整理すべく席についた。


「まずは、状況を説明いたします。時は十八年前に戻ります。その年、王家に一人、王子がお生まれになりました。魔術師達はみな、その王子が運命を負った者と預言し、その生を隠し、遠くへと連れ出す事を考えました」

「私達も知らないわね。王家には王太子が一人と聞いていたもの」

「事態が知れては、最悪の状況で追っ手がつく。それを恐れ、ごく一部の人間だけがこれを知っていたのです。私は当時十歳でしたが、師匠と共に王子を連れ、王都を離れ町を転々としてきました」

「で、その王子様がこっちか?」


 ラクシュリの気のない言葉に、指された本人は苦笑する。

 まるで王子らしくない感じで、とても気さくなものだ。

 でも、その生い立ちを知れば分かる気がする。

 そういう世界を知らずに育ったなら、それはもう王室とは切り離された者なのだから。


「俺はこれっぽっちもそんな気はしないんだがな。まぁ、一応証ってのはあるんだけれど」


 言って、ロッシュは自分の服の前を広く開けた。

 その丁度鎖骨の辺りに、赤い鳥を思わせる痣があった。


「王家の人間に現れる、神の使いですね。血筋は本物でしょう」


 グラディスの言葉に、ラクシュリはマジマジと見る。

 そして、とりあえず続きを聞くこととした。


「そうして数年前、予言の通り王家は滅んだ。私達はその頃には、この場所に巨大な結界を張るべく町を作っていました。表向きは花街。けれど、この町はとても機密に計算された結界なのです」

「分かっていました。この場所に入ってすぐに気配が違った。慎重に感じとればそれが分かります」


 進む中、グラディスはそんな事を言っていた。

 ラクシュリは思い出し、考えていた。

 どうしてこんな場所に、そんな大掛かりなものを作ったのか。

 追っ手はこなかったのか?

 いくらその生を隠されていたとはいえ、探しもしなかったのか、女王は。


 それなら、今こうして追われている自分たちがここにいては彼ら全ての存在が知れてしまうのではないか。


「俺達ここにいたらまずい! グラディス、お前の居場所は女王に筒抜けなんじゃないのか?」

「……全てとはいいませんが、ある程度の予測がつくくらいには監視があると思います。彼女が一番恐れているのは、私だと思いますから」

「それなら!」

「落ち着いてください。私どもがどうしてこの地に皆様方を招いたのか、この備えはなんなのか」

「最初からお見通しなんだよ、この魔術師にはな」


 ロッシュの呆れた声にファウスは苦笑してみせる。

 そして丁寧に説明をした。


「私の右目は現を映しません。これは魔術師一族に、ごく稀に生まれる能力です。この瞳は未来を映します。全てではありませんし、道は変わりますが、確かな未来を」


 ファウスの銀の瞳が三人を映す。そして、隣のロッシュを。

 そこにはもう、限られた未来しか映ってはいない。

 幾万の選択肢を選び取り、少しずつ道を狭め、やがて一つの未来に。


「我々魔術師は未来を予言します。私の師はいつか、この場所で大きな戦いが起こると予言し、それに対抗する術を残してゆきました。師が亡くなった後は、私がこの場を守っておりました。そして、今ここにその時は巡ってきたのです」

「じゃあ、ここに女王の兵士が攻めてくるってのもお見通し。迎撃の準備は万端だから、アタシ達はあんた達を見捨ててさっさと女王の元に行け。そう、言いうわけね」

「そういうことになりますね」


 ファウスの言葉に、ラクシュリは睨み付ける。

 それが一番後味の悪い事なのだ。

 どんなに準備万端でも、敵は多勢。

 痛手を負わせられたとしても、彼が生きて合流する保障はない。


 その視線に、ファウスは気付いたのだろう。苦笑が漏れる。

 だが、あえて何も言いはしなかった。


「ジュリアさん、その剣をこちらに」


 差された剣を、ジュリアは素直にファウスに渡す。

 そして、ファウスの手からロッシュにそれは渡された。


 渡されたロッシュは恐る恐る剣を手にする。

 銀の鞘に、水晶で作られたような七色に光る剣。

 剣を軽く抜いても何の変化もない。

 分かっていたように思う。だがそれでも、ショックではあった。


「高貴なる血族が聖剣を手にした時、天は割れ主神が降り立つ。だが、その血族にも資格がいるんだろ。俺は、嫌われたらしい」


 自嘲気味に笑うロッシュは剣を鞘におさめる。

 そして、フイと顔を背けた。

 まるで、合わす顔がないと言わんばかりに。


「皆様、こちらへ」


 ファウスに従い、四人は地下へと降りてゆく。

 そこはとても立派な地下室で、本当に計画的に全てが用意されているのだと分かる。

 その用意周到さは目を見張るものがあった。


 そこに、三体の人形がある。

 人の大きさをした白い人形。

 ファウスはその前にラクシュリ等三人を連れて行き、そして器とナイフを差し出した。


「この人形に、貴方達三人の御霊の一部を移します。血を、ほんの少しいただきたいのです」

「身代わりの人形を作り、こちらに目が向いているうちに逃がそうってことか」


 ファウスは頷く。その瞳には揺らぎがない。

 ラクシュリは嘆息し、指にナイフを入れる。

 一筋流れる血が器に落ちて、ゆっくりと広がった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?