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信念と希望の御旗(1)

『古の高貴なる血族が聖剣を手にする時、天は裂け主神の祝福を得るだろう』

(カルマスの預言『ラーノ書』より) 



 ジュリアが目指したのは、王都から十キロ程離れた場所にある花街だった。

 そこに依頼主がいるのだという。


 明日にはそこへ入るという夜、三人は小高い丘の岩場で野営をしていた。

 王都に近づけば近づくほどに寒くなる。

 ラクシュリは外套の前を強く握った。


「大丈夫ですか?」

「まぁ、なんとか。これも王都に近づいてる証拠なんだろ?」

「王都はもう一面が銀世界さ。陽の差す隙間もないくらいに雲が重い。正直、気が滅入るのよね」

「女王は陽を嫌います。炎も同じく」

「そういえば、赤い炎なんてなかったわね。青い炎がちらついてたわ」


 思い出しながら言うジュリアに、ラクシュリは更に身震いする。そんな寒々しい場所に行こうなんて、正直言えば気が重い。

 寒いよりは温かいほうが好ましいものだ。


「それで、その聖剣はどうすんだよ。その依頼主が気に入らなかったら渡さないのか?」


 ジュリアの傍らにある、布に包まれた剣。

 それを軽く引き寄せて、ジュリアは少し考えているようだった。


「気に入るとかの問題じゃないわね。王族の手にないと意味がない。女王を倒すには王家の血を引く人間がいないと」

「潰えたんだろ?」

「噂で聞いたんだけど、生き残ってるらしい」

「噂……ね」


 ラクシュリはどうにも信じる気にはなれなかった。

 噂なんてのは根も葉もない部分からもできる。人の希望がそうさせるのかもしれない。願望が、生むのかもしれない。

 そういうものを信じて馬鹿を見ることなんて多々あるのだ。


「でも、希望に託すしかないんじゃないのかい? 少しでも、望みがあるなら」

「予言の書は違えていないのです。運命の少女が舞い降りラカントを手にし、聖剣の乙女が舞い降りた。ならば、高貴なる血筋もまた」

「少女?」


 ジュリアの目がラクシュリに行く。

 そして、マジマジとそれを見た後で何の前触れもなく胸をむんずと鷲掴みにした。


「何しやがる!」

「ジュリアさん!」

「あ、本当だ。小さいながらにあるわ」


 カッと、ラクシュリの顔が赤くなる。

 それは怒りからか、それとも恥じらいからかは分からない。

 でも、声にならない訴えをパクパクしているのは分かった。


「まぁ、どっちでも構わないけどね、アタシは」


 その、気のない言葉がラクシュリの赤い顔を元に戻す。

 そして、なんとも言えない表情で二人を見た。


「あえて男の格好して旅するなんて、よっぽどの事なんだろ? その覚悟で出てきたなら、成し遂げるさ。アタシは別にあんたが男でも女でも態度変えるつもりないし」

「ジュリア……」

「ラクシュリはラクシュリです。他の何者でもない。私も、性別に関わらず貴方が好きですよ」

「グラディス……」


 外套を握る手に力が入る。

 そして、故郷を離れて初めて出来た仲間の温かさに意外なほどの幸せを感じた。


「さて、ここまで順調に予言が進んでるなら、明日辺り会えるかもね。その、王族様に」


 ジュリアの言葉に二人はただ頷く。

 とりあえず行かないことには話は進まないのだ。


◇◆◇


 その花街は意外なほどに落ち着いていた。

 派手な色使いの楼閣や、道を行く事情ある人々が見えない。

 夜ともなれば明かりが灯るのだろうけれども、日中のそこは抜け殻のように寂しげだった。


 三人が来たのはその中でも一際大きな楼閣だった。門構えも立派で、かなり大きい。

 町のほぼ中心にあることから一番の大店なのだろう。


 従業員用の通用口のドアを叩くと、中から身なりのいい男が出てきて三人に丁寧に礼をする。

 とても御用聞きや、用心棒の風貌ではなかった。


「お待ちしておりました。皆様方、どうぞこちらへ」


 まるで予期していたかのような台詞に、ラクシュリは警戒を強める。

 隣のグラディスは違う事が気にかかるようで、しきりに辺りを気にしていた。


「なんか、あるのか?」


 問いかけてようやく意識が戻って来たのか、グラディスは困った顔で笑う。

 そして、次には険しい表情になった。


「この町は、堅牢な要塞のようです。全てが何重にも重ねられた魔術の結界の中です。そしてここが、その術の中心のようです」

「それって……」


 どういう意味なのか。

 ラクシュリが問おうとしたその時、先を行く案内が止まった。


「ここでございます。どうぞ」


 先頭を行くジュリアが静かに扉を開ける。

 中は窓が閉まっているのに風の通りを感じる、明るい部屋だった。


 そしてそこに、二人の男の姿があった。


 一人は椅子に腰を下ろした白髪の男。

 短い髪に、整った顔立ち。まるで白い蛇のようである。

 何よりその瞳が特徴的だ。左の目は穏やかな緑色なのに、右目はガラス球でも入れているような銀色だった。


 その男の椅子に片手をついて立っていた男は、三人を見て薄く笑みを浮かべる。

 短い黒髪に眦の切れ込んだ鳶色の瞳がとてても似合う色男だろうか。

 座っている男よりも若いだろう。

 身なりの良さも窺えた。


「ようこそお越しくださいました。長旅、さぞ大変でしたでしょう」


 椅子に腰を下ろしたままの男がそう言う。

 ゆっくりと立ち上がり、三人の前に来ると男は当然のように膝を折り、恭しく頭を下げた。


「運命に選ばれし皆様とこうしてお会いできた事、法外の喜びにございます。私の名はファウス。かつて王家に仕えた魔術師の末裔にございます」


 ファウスは、その言葉が心よりのものと言わんばかりに震えていた。

 待ち続けたのだろうその様子は、あまり事情を知らないラクシュリにもよく伝わった。


「運命を回す少女。貴方がみなを導いて下さらなければ、こうは参りませんでした」

「あっ、いや別に! 俺は」


 そんな事を言われてもどう反応していいのか分からない。

 ここにきたのはたまたまで、グラディスとであったのもたまたま。

 この偶然を運命と言うならば、否定はできない。

 でも、本人にしては義理と恩を通したまでの事なのだ。


「軍神に選ばれし乙女。貴方には、大変な失礼をいたしました。顔も見せず難題を押し付けてしまった事、お詫びいたします」

「まぁ、何か事情がありそうだし。いいわよ、もう」


 どこか恥ずかしそうに頭をかくジュリアは、フイと視線を外してしまう。


 そして、最後にファウスはグラディスに向き直った。

 グラディスは、正直どういう顔をしていいのか分からなかった。

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