翌日、審議会が行われた。
奸臣達は声高に言う。兄王子に国を支える力はないと。
時が悪く、他の国々がその領土を広げようとしているさなかだった。
平和なこの国もいつそれに巻き込まれるか分からない。
その中で、弱い王では勤まらないと。
兄王子は何も言わなかった。父王は便宜した。
だが、味方はそう多くはない。そのように奸臣どもが作り上げたのだ。
苛立ちが募る。
馬鹿馬鹿しい話しにしか聞こえない。
兄の表情が徐々に硬くなり、色をなくしていくのが分かる。
実際体が弱いというのは、動乱の時代ならば十分に王位の剥奪理由として成立する。
声が大きくなり、とても審議とは思えない騒々しさが響く中、リルカの中で何かが音を立てて切れた。
一歩前に踏み出すリルカ。
そして、よく通る声で宣言でもするように胸を張った。
「この国において、女子が王位を継ぐなどということは、過去の歴史を振り返っても一度だってありはしない! 王子があり、子がじきに産まれるというのに、何の不満があるのか! それほどまでに私を王位につけ、己が腹を肥やしたいのか!」
厳しい声音に、場は一瞬静まり返った。
兄王子もまたリルカを見る。
そしてその背に、国を負えるほどの度量を見た気がした。
「私は兄を天意のままに王に据える事を願う。私の存在がその妨げとなるならば、見るがいい!」
リルカは指にはめていた指輪を乱暴に取る。
そして、止める間もなくその指輪を、炎の中に投げ入れてしまったのだ。
指輪は青い炎を上げて燃え上がった。
それを、父王も兄王子も唖然としてみていた。
今この目の前で行われた事が信じがたく、絶望的な事だったのだから。
「私、リルカ=アド=アビスは、今このときをもって王家を捨て、この国を捨てます! そして……」
腰に差した短剣を抜き、結んでいた髪に刃を入れる。
自慢の黒髪だった。
綺麗だねって、兄王子が梳いてくれる髪だった。
だからずっと、伸ばしていたのだ。
けれど、その兄を守る為なら躊躇いなどない。
パラパラと落ちる黒髪。何もかもを捨てた少女は、今確かにその足で立った。
「女を捨てます!」
この事態に、場は騒然とした。
そして、それ以上に家族はショックを隠せなかった。
焼かれて消えた指輪は、古から魔術師が作る特別な証。
王家の子供は生まれてすぐに、魔術師に指輪を貰う。
王家に相応しくない者ならば炎にくべれば燃えてなくなる。
リルカの指輪は、燃えて消えた。
「なんてことを。リルカ、お前は!」
「いーの! 私は自由に生きたいって思ってたもの。兄様がここには相応しいのよ。私が本当に王家に相応しい子なら、指輪は燃えなかったわ」
非難の表情をする兄王子を軽く流して、リルカは笑う。
実際、やる事は多いのだ。
旅をして回りたいのも本当だ。
「リルカ」
背を向けて立ち去ろうとしたリルカを、兄王子が止めた。
そして、その首に自分がつけていた小さなメダルのペンダントをつけてやった。
「兄様これ!」
それは、聖人が残した神器へと続く鍵。王家に伝わる大切なもの。
それを、兄王子はリルカへ贈ったのだ。
「これを伝えた聖人の名は、ラクシュリ。リルカ、お前がこれをもっておいで。そして、決して誰にも渡してはならない。見せてもならない。何があっても」
真剣な瞳で、諭すように言われたリルカは呆然としたまま頷いた。
きっと、何かがあるのだろうと察して。
この日、リルカ=アド=アビスは名をラクシュリと名を改め、旅路へと出たのだった。
◇◆◇
あの時、あのまま王家にいればこれほどの血を流さなくてもよかったのだろうか。
これほどの命を奪わずに済んだのだろうか。
胸に手を当ててみる。
そこには服の中に隠し持っている、聖人のメダルがある。
これを受け継いだとき、ラクシュリは自分に誇りを持った。
兄を守る為に出てきたと。
そして、これがここにある限り、国を奸臣どもに渡す事にはならないと。
「戻りたいなんて、もう思っちゃいない。俺は綺麗じゃなくても、大事なもんはここにある!」
胸を張って言える。間違ってはいなかった。
会いたい人に会えなくなっても、心は繋がっている。同じ空の下、確かに。
だから、この姿は恥じるべきものじゃない。
鏡にヒビが入り、砕け散る。
そこには他に何もない。
消えた鏡と入れ違いに、扉が出てくる。
そしてその扉を、外から開ける人がいた。
「あ、よかった。無事ですね、ラクシュリ」
「グラディス」
穏やかに笑う人。
兄王子に比べれば謎が多くて危険な匂いもするけれど、でも雰囲気が似ている人。
だからこの人の傍が好きなんだ。
「俺を誰だと思ってんだよ! あったりまえだろ」
強がりを一言。
そうして笑って、ラクシュリはグラディスの隣に並ぶ。
そして、残る一人を探しに出た。