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戦女神の降臨(5)

「おそらくこいつをどうにか倒せば、道が示されるんだと思います」

「まったく、迷惑な話しだ!」


 人一倍身軽なラクシュリが、獣から距離を取り弓を引く。

 正確な矢が放たれ、足の付け根に到達したのだが、厚く硬い皮膚を貫くことも出来ずに地に落ちてしまう。


 グラディスも小さな火球をいくつかぶつけるものの、ひるむくらいでダメージを与えているようには感じられなかった。


「ラクシュリ、グラディス、ばらばらでやってもどうにも出来ない!」


 ジュリアの言葉に二人は視線を向けるものの、ではどうしろというものだ。

 大体団体行動なんて無縁な二人だ。

 協力体制なんて咄嗟には取れない。


 ジュリアはそんな二人のもとへと走り、獣の牙や爪を逃れながら走るように促す。

 距離を取って逃げつつ、ジュリアは二人に慌しく指示を出した。


「上手くいくのか?」


 話を聞きながら、ラクシュリが問う。

 グラディスは頷いて、彼女の提案に乗ることを示す。

 そうなるとラクシュリもやるしかない。


「じゃ、手順通りに!」


 三人は三方にそれぞれ分かれる。

 そして、まずはグラディスがその手に小さな火球を作り出した。


『赤き礫飛翔し、我敵を焼き払え ―― ファイアーボール』


 小さな火球は狙ったように正面に逃げたラクシュリに向かって突進する獣の目の前で破裂する。

 怯んで動きを止めた獣へ向けて、ラクシュリは矢を放つ。

 放った矢は見事に獣の右目を潰した。


 地面が揺れるような咆哮。

 地団太を踏んで暴れる獣へ、グラディスは次の魔法を唱え始めていた。


『炎は壁となり、その身を封じる鉄壁の牢となる。囲い、燃えよ ―― ファイアーウォール』


 暴れ狂う獣の周囲に赤い輪が広がり、一気に燃え盛る。

 その炎にまかれ、獣は更に咆哮をあげるが、炎の壁によって身動きは取れない。


 その暴れ狂う獣めがけ、ジュリアはタンッと地を蹴った。

 その背に羽でも生えているかのような跳躍は、獣の遥か頭上へ達し、その脳天をめがけて長い剣が狙う。

 落下の勢いに自身の体重も付加し、ジュリアは正確に獣の脳天を貫き通した。


 声にならない断末魔。

 激しく体を振る背を軽々と蹴りつけ、ジュリアはすぐに炎の外へと逃れる。

 すぐさま敵に正面を向け、予備のダガーを手にするが、それは必要なさそうだった。


 ドウと倒れた獣は、いくつもの光になって薄らぎ、やがて消えてしまう。

 後に残ったのは大きな獣の骨のみ。

 炎がやみ、近づいても安全だと判断して、ようやく三人はそれに近づいた。


「どうやら、大きな獣の骨を依り代にして、召喚したのでしょうね。完璧な術です」

「感心してる場合かよ。オレらこいつに殺されるとこだったんだぞ」

「まぁ、結果よければ全てよしっていう素敵な言葉もあるし、いいんじゃないの?」

「お前、それでオレを囮にしたことも流そうって魂胆じゃないだろうな?」


 ジトッと恨めしい目で睨み付けるラクシュリに、ジュリアは誤魔化すような乾いた笑いを浮かべる。

 そして、そ知らぬふりでそっぽを向いた。


「ひっでぇ! 本当に肝っ玉が冷える思いだったんだぞ! 獣の囮になって、怯んだ隙に目を射ろなんて突然言いやがって! 失敗したら命ないんだぞ!」

「いやねぇ、できると思ったから言ったんじゃない。あんたの腕を見込んでの話よ」


 そう言われると悪い気もしない、単純なラクシュリ。

 ジュリアもそれを見抜いてか、とにかく担ぎ上げる。


「あんたの弓は淀みないし、正確だからやれるって思ったのよ。それに、もしタイミング外しても、あんたの足なら逃げられるってば。グラディスだって、そんなヘマしないし」

「人命かかってるのに、ヘマなんてできませんよ」


 疲れたように肩をがっくり落としたグラディスが苦笑する。

 とりあえずは無事でよかった。

 結局それで話しはついた。


「それにしても、ここからどうするんだか。道とかないの?」


 室内は全て壁。扉や階段はない。

 短気な性格のジュリアは、既に飽きてきてブラブラしている。

 グラディスはもう一度魔法陣を調べ直す。

 そして、落ちた獣の首を中心の円に置いた。


 途端、まばゆい紫の光が三人を包み込む。

 ふわりと、胃が持ち上がるような不快な浮遊感。

 足場が突然消えて、底のない闇へと落ちていくような感覚が襲う。


「何これ!」

「ラクシュリ!」


 グラディスが伸ばす手に、ラクシュリは捕まった。

 一緒に知らない世界へと落ちていく。

 少し離れたとことにいたジュリアの姿は見えない。

 強い力で引き離されそうになるグラディスとラクシュリは、それでも必死に互いを結びつけて、そのまま一緒に奈落の底へと落ちていった。


◇◆◇


 強い衝撃などはなかった。体の痛みもない。

 だから、グラディスはむしろ死んだのかも知れないと思った。

 なぜならそこは真っ暗で、何も見えない世界だったからだ。

 音は微かに聞こえている。けれど、他の何も感じられなかった。


 繋いでいた手の感覚がない。

 起き上がり、あてもなく歩き出す。

 微かに歌が聞こえた気がしたのだ。

 そちらに向かい、とにかく歩み始めた。


 やがて、何かぼんやりと光るものを見つけることができた。

 助かったと思い、そちらへと足早に近づくグラディス。

 だが、その場所にあるもの、ある人を認識した途端、足は恐ろしさと悲しみに動かなくなった。


 美しい女性が一人、悲しく物憂げに子守唄を歌っている。

 あやしているのは、人の首。

 流す涙は赤く染まり、瞳には何者も映してはいない。


「……母上」


 悲しげに呼ぶその名を、グラディスは始めて当人に告げた。

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