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戦女神の降臨(4)

 不意にフラッシュバックする感覚が、懐かしい。

 向けられる視線も、穏やかなものだ。

 でもさすがにこれは、少しばかし照れる。


「やめろってば。オレ、そんなに子供じゃないんだぞ」

「すいません、つい」


 「つい」で甘やかされてちゃこっちの身が持たない。

 本気で勘違いしたらどうするんだって感じだ。


「さて、少しスッキリと落ち着きましたか?」

「…あぁ」

「では、寝ましょう。明日も早いですよ」


 そう言ってさっさと席を立ち、再びベッドに潜り込むグラディス。ラクシュリもそれに続いてベッドに潜り込んだ。


「グラディス」

「なんですか?」

「その呪い、絶対に解ける。俺は最後まで付き合うから、あんま心配すんなよ」


 グラディスは驚きに目を丸くする。そして、背を向けたままのラクシュリを見た。


 誰も傍にはいなかった。

 誰かを求めた事もなかった。

 だからか、最近とても発見が多い。

 誰かと食べる食事はどんなに質素でも美味しいとか、誰かの温もりを感じて眠るのは温かいとか、会話が楽しいとか、笑顔は人を優しくするとか。

 それを気付かせてくれたのは、小さな彼だった。


「では、私も誓います。私は貴方を、守りますよ」


 先に寝息を立てる少年には、この言葉は聞こえていない。聞いているのはグラディスだけ。

 そして、その言葉を刻んだのも、彼だけだった。


◇◆◇


 リブロス遺跡は、渓谷を行くその先に突然現れる。

 威圧的な正面は、馬に乗った軍神が守るように来たものを睨み付けている。


 ラクシュリ達は門を潜り、奥へと入る。ここには女王の部下はいない。

 グラディスの話しでは、女王もまた神々には敵わないらしく、その加護が強い遺跡や古代の神殿などには入れないのだとか。

だから、ラスの遺跡の中に逃げろとグラディスは言ったらしい。


「それにしても、物々しい作りよね」


 中に入ったジュリアの一言だ。

 だがそれに相違ない建築物なのだ。

 祭壇へと続く廊下。

 その廊下の両サイドに等間隔にある柱には、それぞれ神が掘り込まれている。

 壁にはレリーフ。壮麗で荘厳。重苦しく張り詰めた空気を感じてしまう。


「ラスの遺跡よりもでかいよな」

「ここは軍神が守る神殿でした。主神がおわす場所だからこそ、これほどの遺跡なんです」

「主神って、なんだ?」


 こちらの神話なんてまったく知らないラクシュリが、ポンポンと軽やかなステップを踏みながら問う。

 その後ろをゆったりとついていくグラディスは、静かに話を始めた。


「この世界の主神は、雷神です。ベルーン神と言って、厳格な神であったと言われていますが、実際はそうでもないようです。人と飲み比べをしたり、旅人に悪戯したり」

「基本的に自由なのよ、ここの神様。人と競ったり遊んだりは当然だもの」

「ほぇ」


 同じ多神教であったラクシュリの故郷だったが、彼の所の神様はそんなに気さくではなかった。

 何か、新鮮な驚きがあるものだ。


 そうして三人は安全だと言われている祭壇の場所までくる。

 ここから先へ通じる道は記されていない。祭壇には燭台が一つあるのみだ。


「私に依頼した人は、この燭台に炎を灯せって言ってたわね。選ばれた人なら緑色の炎が灯り後に紫になるって」

「やって見てください」


 グラディスに促され、ジュリアは火打石で蝋燭に火を灯す。

 不思議な蝋燭で、赤い炎が灯ってもまったく減ったりはしない。

 その炎はゆっくりと赤から緑に変わり、やがて紫に変じた。


 ゴーンッという重たい音がして、祭壇の後ろの壁が横に開いていく。

 先は明かりのないジメジメした感じの通路だ。


「ここ、行けって?」

「招かれたのは確かですね。慎重に行きましょう」


 ゆっくりと歩き出したグラディスの後ろを、ラクシュリとジュリアが続く。

 壁には松明があり、それに随時明りを灯せば通路は明るくなっていく。

 狭く、二人が並んで歩けるかどうかの廊下は、とても静かで気味が悪かった。


「ねずみの一匹もいないなんてね」

「動物は賢い。危険なもの、近づいてはいけないものには決して近づかない。人間だけがそういう本能をなくしてしまっているのですよ」


 三つの足音だけが響く。

 そうして進むと視界が僅かに開けてきた。

 何か罠でもあるのかと慎重に行く。

 そして、グラディスの魔法でその部屋の全体を照らすと、そこは何かしらの呪術に使われた痕跡があった。


 二重の円。その中にいくつかの小さな円と、その円を結ぶ線がある。

 小さな円の中には何かを象徴したような絵や文字。

 線は全て細かな呪文で繋がっている。


「随分と大掛かりな呪術のようですね」

「何かしら」


 近づいて、でも触れたりしないように、グラディスが魔法陣へと近づく。

 おそらく外円は魔法の効果が外に出ないようにする結界。

 陣自体は、何かを呼ぶためのもののように思えた。


「何かを呼ぼうとしていたようですね。大きなものです」

「なぁ、それってさ……」


 不意に声がして、ジュリアとグラディスがそちらを見る。

 そこではラクシュリが、青い顔をして半笑いを浮かべつつ、暗闇の先を指差していた。


「こんな、変な臭いとか音とかするものじゃないよな?」


 目を凝らし、耳を澄ませば闇の中に何かを感じる事ができる。

 それはまるで大型の獣を思わせる。

 荒い息遣い、赤い瞳、鎖のようなものが擦れる金属音。

 そして、ガチャンという音を立てて、何かが外れて急速に突進してくる音を聞いた。


「二人とも避けろ!」


 ジュリアの警告に、ラクシュリとグラディスも反応して壁際に飛びのける。

 そこへ、黒い風が吹きぬけるような風を感じた。

 視界を黒いものが横切り、壁際で鋭い爪を床に突き立てて止まった。


「なんだよ、この馬鹿でかいの」


 真っ黒い毛に、赤い瞳。

 鋭い牙は人間なんて簡単に噛殺すことができるだろう。

 爪は鋭く石の地面を簡単に傷つける。

身の丈は二メートル以上になる。


「おそらくこの魔法陣で呼びつけたのでしょう。祭壇の封印が解けて、トラップも効力を発揮したんだと思います」

「そんなの後! 来るわよ」


 三人の標的を見つけ、黒い獣は前足をかく。

 そして、三人へ向かって突進しはじめる。

 鋭い爪を上から振りかざし、叩きつける。

 その度に地面は砕けて粉塵が舞う。

 それを後ろに飛びのくようにして逃げるが、逃げるだけではまったく意味がない。


 見回したところ、ここに外へと逃げる扉はない。


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