「いや、でも多分大丈夫だ。依頼持ってきたのは部下だって言ってたけど、直筆の手紙もあってさ。女王を倒すため、力を貸してくれって。まぁ、私も女王に恨みのない人間じゃないからさ、そういうのもあって受けたの」
「危険ですよ。罠もあると聞きますし」
「だからこその人数だろ? それに、もし私に本当に加護があるなら、多分助けてくれるんじゃない? その軍神がさ」
なんとも気楽な言葉に、グラディスは頭痛でも覚えたのか頭を抱える。
だがラクシュリは悪い話しではないと判断した。危険ならなおのこと、人数は多い方がいい。
「明日の朝一で向かおうって話してたんだ。それでいいか?」
「ラクシュリ!」
勝手に同行を容認するような発言に、グラディスは驚いた顔をする。
だがラクシュリの真面目な視線に、グラディスは口を閉ざした。
「いいのかい? 私は信用ならないかもしれないよ?」
「腕は確かそうだし、隠し事はしても嘘はつかなそうだ。これでも俺は、人を見る目はあるほうだと思ってる」
「あははっ! あぁ、うん、いいねアンタ。気に入ったわ」
豪快に笑いラクシュリの頭をグリグリ撫でるジュリアに、「やめろ!」と叫ぶラクシュリ。
だが次には手を差し伸べられ、やんわりと笑みを向けられた。
「よろしく頼むよ、ラクシュリ」
それはとても、好感の持てるものだった。
◇◆◇
その夜、ラクシュリは寝付けなかった。
窓を開け放し、椅子を窓辺に寄せて月を見上げる。
せっかくのベッドだってのに、勿体ない。
「寝付けないのですか?」
不意に声がかけられる。
見ればベッドから顔を覗かせたグラディスが、こちらを見ていた。
彼もまた寝付けない様子で起き上がり、側に椅子を寄せて同じように空を見上げた。
「ラクシュリ、何か怒っているでしょ」
「……ん」
気のない返事を返したが、ラクシュリはグラディスを見ようとはしない。
それは彼の言葉を肯定しているのと同じだ。
結局は自分の中に留めておけずにイライラと頭をかき、溜息をついて口を開いた。
「別に俺は、お前とそんなに深い仲でもないし、隠し事なんて不潔だなんてアホな事も言わないけどさ。でも、さすがに命かかってるような事情は知りたかったっていうか……。聞く機会もなかったから、今更だけど」
知った後で言ってもなんになる。だが、面白くなかったのは確かだ。
同時に、互いに知らない事が多いとも思う。
だからといって問われれば、ラクシュリだって困るのだが。
グラディスは苦笑する。
そして、誰に話しかけているのかも分からない遠くを見る目で、つっくりと話し出した。
「女王が解放されたとき、私も王都にいました。その時はどうにか逃げたのですが、忘れ物をしてしまって。取りに行くかを迷ったのですが、探しに行ったんです。そしてその時に、女王に接触しました。私は、女王を前に何も出来なかった。私を殺す事など容易いことだったのに、女王はこの呪いを私にかけて逃がしたのです」
その時の恐怖は、グラディスの中に未だにある。
圧倒的な力と美貌を持つ女性。その氷の瞳が薄く笑う。
そして、この呪いを体に残した。
その時彼女はこう言った。
『これは、私から貴方への贈り物よ』
その意味を、グラディスは今でも探している。
「死ぬ事が怖いと、初めて知ったのは少ししてから。一枚目の羽が開いた時、あまりの激痛に息ができませんでした。死ぬと言う事はこれの何倍も、痛く苦しい事なのかと。それを思うといてもたってもいられませんでした。
どうにかこの呪いを解きたくて動き出したのが、貴方と出会う半年前。書物もかなり失われて、古い遺跡を回って呪いを解く方法を模索して、ユグドラに行き着いたのが本当に一ヶ月くらい前の事です」
「何を取りに戻ったんだよ。危険だって分かってるのにさ」
臆病で争いを嫌うグラディスが、わざわざ取りに戻った忘れ物。
ラクシュリが問うと、グラディスは困った顔をして、自分の指にある指輪を見せてくれた。
「母の形見です。とは言っても、私は母の顔を絵でしか見たことがありませんが」
「綺麗だな」
「これは、魔法を使う時の道具です。強い力は身を滅ぼすことにも繋がるから、力を制御できるように。どうしてもこれだけは、手元においておきたくて」
これを身につけていれば、母がそばにいるように思えた。
顔しか知らない女性だが、その温もりを感じる事ができる気がしていた。
だから、なくなってしばらくは我慢していた。
けれど、やっぱり心のどこかでひっかかっていた。親子の縁までなくしてしまったような、悲しい気持ちになったのだ。
だから、捨てられなかったのだと思う。
ラクシュリは表情を暗くするグラディスの手を握った。
そして、力いっぱいに頷いた。
「お前の思いは間違っちゃいない。そういう絆を捨てちゃ駄目だ」
「ラクシュリ」
力強く頷くラクシュリにも、故郷から持ってきた大切なものがある。
どんなに困っても、苦しくても、泣きたくてたまらないことがあっても、これを握って故郷を思い出せばふんばれた。
そういう支えを持つ身なら、グラディスの思いだって分かる。
「オレも故郷から、持ってきた物があるんだ。兄様が、オレの無事を祈ってくれたものでさ。実際辛くても、それが支えになってくれてたし。そういうものって、大事にしないと駄目なんだよ」
「ラクシュリには、お兄様がいらっしゃるんですね」
やんわりと笑うグラディスは、どこか嬉しそうにそう問いかけてくる。
こうして話をすることを、楽しんでくれているようだった。
だからか、とても嬉しかった。
「病弱な兄だったんだ。とは言っても、別に死にそうってわけじゃない。走ったり、剣を握って戦ったりはできないだけ。たまに熱を出しても、安静にしてれば問題ないし」
不意に、ベッドに横たわり申し訳なさそうに苦笑する兄の姿が眼裏に蘇った。
色の白い顔、申し訳なさそうな笑み、その全てが弱い。
その表情や雰囲気が、どこかグラディスに重なっていく。
思えば、似ているのかもしれない。
死をどこかで意識している感じや、自己犠牲の精神や、争いを嫌う部分。
おそらくグラディスもとても優しいのだろう。
「グラディスに、ちょっと似てるよ」
「私に?」
「優しい部分や、争いを嫌う部分。後、死を意識している感じ。そんなところが、ちょっとだけ。笑い方とかもかな。だから、一緒にいてちょっと懐かしいんだろうな」
大好きな兄のかわりが見つかったように思っているのだろう。
だから利益のない用心棒なんて、半分無理矢理やっているんだ。
兄に似たこの男と、もう少し一緒にいたくて。
助けたくて、兄の代わりに。
不意に、頭の上に手が置かれる。そして、優しく柔らかく頭を撫でてくる。