「あまり大勢の人と話した事がなくて。どう話しをすればいいのか、分からないんです」
「珍しい事を言うね、旦那は。人は他人がいなければ生きていけない生き物だけど」
「それに気づきも出来ない状況でした」
それを聞くと、ラクシュリもふと疑問に思った。
彼はなぜ、ユグドラの樹を探しているのか。どんな呪いを解きたいのか。どこにいたのか。何をしていたのか。家族は?
「ところで、二人はどこに向かうんだい? 何か目的があってきたんだろ?」
「私達はリウロス遺跡に向かう途中です。探し物がありまして」
「リウロス遺跡?」
途端に、有効的だったジュリアの表情が険しいものになる。
そして、二人にグッと近づいて声をひそめ、怖い顔で囁いた。
「何、探してるんだい? お姉さんにこっそりおっしゃい」
「あの……」
浮かべている微笑が怖い。グラディスは途端に口をパクパクさせ始める。
かわってラクシュリが溜息をつきながら答えた。
「ユグドラの樹ってのが、そこにあるんだと。それだよ」
「あっ、なーんだ」
パッと表情や雰囲気が晴れる。
それに安堵した二人だったが、ジュリアの方はまだ聞きたそうだ。
ますます興味をそそられた様子で、違う意味で顔を近づける。
「なんでそんな貴重品探してるのさ。もしかして、金持ちに売るとか」
「いえ、あの。実はある呪いを解くのに」
「あの霊薬でしか解けない呪いなんて、たいそうなもんだよ? 一体何したのさ」
「別に私は何も。この死の呪いさえ解ければそれ以外は」
「死の呪い」
その言葉を口にした途端、ジュリアの表情が変わった。
深い怒りや苦しみを感じるような顔でグラディスを見ている。
そして唐突に席を立ち、二人を指先だけで招き寄せた。
二人はとりあえず部屋を取ってジュリアの部屋に招かれた。
扉を閉めて、ジュリアはグラディスを睨み付ける。
「まずは脱ぎな、グラディス」
「はぁ!」
訳が分からず素っ頓狂な声を上げるラクシュリ。だがジュリアはとても冷静で、抜き身のナイフみたいな目をしているから怖くて何も言えない。
グラディスは意味を理解しているようで、しばらく悩んだ後で溜息をつき、上着と服を脱ぎ始めた。
グラディスの背はほっそりとしているが、ちゃんと筋肉がついて綺麗なものだ。
だがそこに、不似合いなものがある。
黒い紋章のように、三枚の羽をつけた骸骨が浮かび上がっている。
とても禍々しいものに見えて、ラクシュリは悲愴な顔をした。
「あと、三ヶ月の命ってとこか」
「いえ、私も魔術師です。呪いの進行を抑えていますから、残り六ヶ月というところでしょう。それでも、解くまでにはいたりません」
「あのさ、さっきから人をおいて話し進めんなよ! なんなんだよ、三ヶ月とか六ヶ月とか! それに、その背中の気味の悪いもの!」
蚊帳の外にいるラクシュリの訴えに、グラディスは苦笑する。
そして、服を着直してしっかりと向き合い、ポツリポツリと話し始めた。
「私は昔に、女王に会っているんです。その時、この呪いを受けました。これは、死の呪いです。この骸骨の羽が六枚浮き上がった時、その人は必ず死ぬのです」
ラクシュリの表情が悔しげに歪む。
それはきっと大事な事を何も話してくれなかったグラディスに対する怒りだったのだろう。
「何も言わずになんて、責めてやるなよ坊主。こんなこと、そう簡単に言えるもんじゃない。自分でも受け入れられやしないんだからね」
「……いい、もうそれは」
問われて困る事があるなんて、ラクシュリは誰よりも分かってる。
ジュリアの取りなしもあって、ラクシュリはとりあえず矛を収めた。
けれどグラディスを睨み付けてしまうのは、多少仕方のないことだった。
「ジュリアさんはこの呪いについて詳しいですね。一般的なものではないのに」
逆に問われ、ジュリアは少々難しい顔をする。
というよりは、何か辛いものを思いだしたように顔をしかめる。
俯き加減でちゃんとは分からないが、空気が重くなった。
「アタシの相棒が、これで死んだんだ。そいつは六ヶ月だったけどね」
「それは……ご愁傷様です」
「いいのさ、それは。もう過去の話しだしね」
そうは言っても、まだ完全な過去ではないのだと二人は分かった。
彼女の発する重い空気が、そう語っているのだから。
だが、次にはパッと顔を上げたジュリアは、二人に満面の笑みを返す。
「決めた、アタシもあんた達についてくわ」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を上げた二人は、互いに顔を見合わせる。そして、力いっぱい遠慮することにする。
だが彼女はそんなことでは負けない。
ドンと豊満な胸を叩き、カッカと笑った。
「どうせ私も目的地は同じなんだ、ついでにね。二人より三人のほうが心強いでしょ」
「ジュリアさんの目的はなんですか?」
不意に気になったように、グラディスが問う。
ジュリアはそれにフフンと笑い、腕を組んで二人を見回してから大々的に発表してみせた。
「聖剣を取りにいくのさ」
「聖剣!」
「うわ……」
三者三様なリアクション。
その中でもグラディスは非難めいた目でジュリアを見ている。
その価値を知っている人ほど、こうなるのは当然だ。
「なんて大それたものを…」
「アタシじゃないわよ。依頼人からのお願いなの。前金も五万ウォン貰ってるから、断れなくってさ」
「返せばいいじゃん、そんなの」
「そう思ったんだけど、アタシ直接依頼人に会ったわけじゃないのよ。依頼品を渡す約束の場所に行ったけれど、取り合ってもらえないし」
「なんだよ、それ」
冒険者ギルドに出入し、傭兵とも関わりがあるラクシュリにとってもそれは普通じゃない状況だ。
そもそも顔を出さない依頼人なんて信頼に価しない。金を受け取ったジュリアが間違いだ。
「断らなかったんですか?」
「信頼できそうな相手だったのよ。しかも成功報酬十万ウォンよ! 十年以上遊んで暮らせるわよ、勿体ない」
「嘆かわしい…」
「アタシはビルヴィーテ神を信仰してんだ。金を無駄にしたら怒られる」
「ビルヴィーテ?
「富と財産、繁栄の神様ですよ」
がっくりと肩を落として言うグラディスに、「あぁ」と納得するラクシュリ。
ジュリアだけが真面目に話しを続けた。