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戦女神の降臨(1)

『ルエヴィトに愛された乙女のみが聖剣を手にすることを許される。聖剣はルエヴィトの意志によって、高貴なる者の手に渡るであろう』

(カルマスの予言『ラーノ書』より)



 ラスの森から徒歩三日。

 二人はランバルージュという中規模な町へと辿り着いた。

 ここは王都と港町ボランの中間にあり、商人などが多く住んで賑わっている。

 しかも女王による統治が始まってからは、王都から離れた貴族などもここに居を構えていた。


 ここ数日の過酷な旅にドッと疲れを感じるラクシュリは、がっくりと肩を落として隣のグラディスに視線を移した。


「あいつらのいいところは、斬っても服が汚れないってことだよな」


 低い声で言うラクシュリに、グラディスは乾いた笑みを浮かべる。

 だがその恨み言は当然のことだった。


 女王の兵はいたるところにいる。

 町の近くは勿論、森の中にもいる。

 そういうのに見つかって、この町に入るまでの三日間、ラクシュリはとにかく倒しまくった。

 幸いな事に奴らは少し傷つければ灰になって消えてしまう。服も汚れない。

 だが、体力やら気力やらは確実に消耗されてしまうのだ。


「今日は宿屋。絶対に宿屋。いいよな?」

「構いませんよ。お湯もいただきましょうか」

「それ賛成!」


 丸めていた背中を思いきり天に伸ばして、ラクシュリは宿を探す。

 幸いにこの辺りは宿屋も多い。携帯食などの買い足しも十分にできそうだった。


 手っ取り早く、一番作りがまともそうな宿屋に入ろうと足を止めたラクシュリは、ドアノブに手をかける。

 だがそれは、ラクシュリが開けるよりもずっと早く内側から、容赦なく開けられた。


「ふにゃ!」


 ドアに鼻の頭やら額やらを強かにぶつけたラクシュリの踏まれた猫みたいな声。

 少し離れて見ていたグラディスも、一歩まにあわなかったみたいな中途半端な格好になって固まっている。

 一方開けた側は、ドア口で蹲るラクシュリを見下ろして、驚いたように目を丸くした。


 サラサラのアイスブロンドを使い古した布で邪魔にならないように纏めた、綺麗な顔の女性だ。

 サファイアのような瞳は高い空の色。

 顔立ちははっきりとしてスラリとした肢体の彼女は、立ち直れないラクシュリに手を差し伸べた。


「わりぃわりぃ、ちょっと考え事してて気づかなかったわ。ほら、大丈夫かい?」

「大丈夫なもんか! 鼻すりむいたろ! 額痛いだろ!」


 飛び上がって顔中を口にして非難するラクシュリだったが、加害者の女性はまったく悪びれる様子もなく、カッカと笑った。


「そんなに怒るなよ。おら、一杯おごるからさ」

「…腹も減ってる」

「お前、案外現金だな」


 チビといわんばかりに体を屈めて言われ、それにも少しムッとするラクシュリ。

 そのラクシュリから視線を離した彼女は、その背後にいるグラディスにも笑みを見せた。


「あんたも飯でいいのか?」

「いえ、私は被害者ではありませんので。その分、その子に食べさせてあげてください」

「あっ、そぉ」


 人差し指でクイクイとして、彼女は二人を店内へと招く。

 そこは日中なのにそれなりに人がいて、賑わっているように見えた。


「親父! このチビに食い物! あと、葡萄酒のボトル!」

「あいよ!」


 威勢のいい店主の声がして、次にはどんどん食事や酒が運ばれてくる。

 久しぶりに湯気の立ち上がる食事に、ラクシュリの腹の虫は正直な反応を見せる。

 そして女性の「いいぞ」の声にがっついた。


「そんなに腹減ってたのかい?」

「三日も野宿じゃ腹も減るよ」

「三日ぁ? 町とかあっただろ」


 彼女の言葉に、ラクシュリは「うっ」と詰まる。そして、詰まったものを葡萄酒で流した。


 確かに町はあった。あったけれど、泊まる事はできなかった。

 グラディスが女王に追われているってのが、一番の要因だ。

 しかもラクシュリはその兵隊を片っ端から消している。

 この町やボランの町は女王の兵士が入ってこられないように、太陽神の加護を受けた結界があるそうだ。そういう町なら問題はないそうだ。

 けれど結界のない小さな町は襲われた時に住民に迷惑をかける。

 それを恐れて野宿していたのだ。



あぁ、そういえば自己紹介がまだだったわ。アタシはジュリア。傭兵を生業としてる」

「ラクシュリだ」

「グラディスです」


 簡単すぎる自己紹介を交わす三人。

 黙々と食べるラクシュリと、淡々としているグラディスを見比べながら、ジュリアは楽しげな笑みを浮かべた。


「もしかして、二人は何か人に言えない関係だったり?」

「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げるラクシュリは、キッとジュリアを睨み付ける。

 そして、何故かグラディスにまで睨みをきかせた。


「だって、あんた達本当に凸凹っていうかさ。なんていうか…どこぞの若様と道ならぬ関係の小姓、愛の逃避行って感じに見える」

「勝手に人を小姓よばわりすんな! 誰がグラディスの小姓なんかに!」

「失礼ですよジュリアさん。ラクシュリが可哀想です」

「いや、悪い。でもアンタ、どこまで自分卑下するわけよ」


 どうも関係のつかめない二人の様子に、ジュリアも困惑気味に苦笑する。

 空いたグラスに酒を注ぎつつ、ジュリアはしょうがないので水を向けることにした。


「で、実際二人は何で一緒に旅してるわけ?」

「俺はこいつの用心棒。で、こいつの目的地に向かう途中だよ」

「坊主は傭兵なのかい」

「坊主…」


 その呼び方にも多少イラッとくるラクシュリだが、あまり怒鳴ると目立つし、何より食事が不味くなりそうなのでとりあえず抑える。

 ジュリアの好奇心に溢れた瞳は、次にグラディスに向かった。

 穏やかな笑みを浮かべ取りなす彼に、ジュリアはニッと笑った。


「旦那は、どうしてこの子なんだい? もっと屈強で強そうなのがいるだろうに」


 突然話しを振られたグラディスは、驚いたようにジュリアを見る。

 けれど次には表情を崩して、恥ずかしそうに口を開いた。


「そういう人って、苦手で。この子とは偶然であって、ついてきてくれたのですよ。そうじゃなければ、今でも一人旅をしていました」

「もしかして、人が苦手かい?」

「えぇ、そんな感じです」


 そういう事は隠すものなのだが、グラディスはまったく気にしていない様子だ。

 逆に苦笑して、ポツリポツリと話しを始めた。

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