意志がないぶん鈍いのか、ラクシュリの動きに多少反応しただけで黙って斬られる傀儡の兵。
まずは武器を持つその腕を下から切り上げて飛ばした。
飛ばしただけだった。
『ぎゃあぁぁぁ!』
「!」
断末魔の金切り声。
斬られた腕から塵になって消えた兵士は、甲冑と剣以外は何も残らない。
それを目の当たりにしたラクシュリも驚いて、自分が握っている物を何度も見た。
「ラカントの短剣は正しき剣。死体は正しい姿へと戻るのです」
背後でグラディスが静かにそう言い放つ。
ラクシュリは剣を正面に。
そして、残る兵士も次々と無へと還していく。全てが塵に、あるべき姿へ。
散っていくその姿は悲しむべきものではない。彼らはようやく、解放されたのだ。
グラディスはその思いを深く感じ、天を仰いだ。
ラクシュリは残る一人、唯一の生者へと剣を向けた。相手も剣を抜いている。
ジリリと間合いを計るラクシュリだったが、覚悟を決めてトッと前に出た。
低い姿勢で距離をつめたラクシュリは確実に敵の急所を狙って攻撃をしかける。
だが相手も弱くない。
軽く剣で弾き、そのままラクシュリの首を飛ばさん勢いで斬りかかる。
後方へと飛ぶ事でそれを避けたラクシュリは再び距離を詰めるのだが、相手の方が一枚上手だ。
ここを通らなければ先なんてない。焦る気持ちがつきまとう。
それを見ていたグラディスはスッと息を吸い込む。そして、指輪に軽くキスをした。
『光きたれ。太陽を集めたる結晶よ、この手に集まり輝きを放つ宝珠となれ ―― フラッシュ』
まばゆい光が辺りを焦がした。
グラディスに背を向けていたラクシュリは目を瞑る。
だが、その光をまともに見てしまった男は両目を焼かれたのか、悲鳴を上げてのたうっていた。
「ラクシュリ!」
声に反応して、ラクシュリは動いた。
のうたうつ男の剣を足で蹴り飛ばし、何が起こっているのか分からず狼狽する男の首筋に短剣をあて、勢いよく引いた。
浴びる真っ赤なシャワーに、心は冷たく凍てついていく。倒れた男を見下ろしながら、ラクシュリは無感情な瞳をしていた。
「ラクシュリ」
声がする。ゆっくりと近づいてくる人の気配を感じる。
でもそっちを見る事ができない。
自分が今どんな顔をしているのか、どんな顔をしていいのか分からないから。
「人は、人を殺します。自分を生かすために、他の命を摘む生き物です。大なり小なり、ね」
「分かった様な事を言うなよ、グラディス」
「すみません。苦しそうで」
苦しそうではなくて、苦しいんだ。
ラクシュリは声を大にして訴えたかった。
こんな事を望んでいるのではないと。
でも、グラディスの言う事は正しい。
綺麗に生きていける場所じゃないし、時代じゃない。
分かっている、割り切っている、覚悟している、これが初めてじゃない。
それでも、凍てつくような気持ちだけは消えてくれない。
ふわりと後ろから、温めるように、労るように腕が抱き寄せてくる。
驚いて振り向くと、グラディスがやんわりと微笑んでいた。
「その荷は私も負いましょう。私も手を貸した。貴方の罪だけではない。私が、そうさせたのです」
こんな言葉をかけてくれる、優しい人は今までいなかった。
こんな事を言う人は他にはいなかった。
だからだろう。ラクシュリは顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
「あんたがあんまり不甲斐ないからだ! ったく、本当に役立たずじゃないか」
「すみません」
でも、こいつの存在はどうしてこんなにも心を穏やかにするのか。
暗い気持ちや悲しい思いが溶けてゆく。
残るのは、泣きたいくらい甘えた感情だ。
そして、それを許してくれそうなグラディスに、ラクシュリはすっかり気を許してしまっている。
だからだろうか。
こいつがあまりに弱くて、ここで別れたら確実に殺されそうだからか、放っておけない気持ちがむくむくと出てくる。
恩は返したんだから、これ以上は付き合う義理はない。
でもここで別れて数日後には死にましたなんて知ったら、きっと後悔するだろう。
後悔しない生き方をする。それがラクシュリの生き方だ。
「……仕方ないから、付き合ってやるよ。すっごい危なっかしいや」
抱き寄せられるなんて行為自体に慣れていないからか、それともグラディスの見せる優しさからなのか、ラクシュリは耳まで真っ赤になってそっぽを向く。
顔なんてまともに見られるわけがない。
なにせ、とても恥ずかしいのだから。
「あの?」
「付き合ってやるって言ってるだろ。狙われてんだろ? しかも、あいつらにまったく魔法通用しないっぽいし。俺の力、貸してやるって」
「ですが、危険」
「んなこと分かってるって言ってるじゃねーか!」
戸惑うようにオドオドするグラディスに、一瞬でも心を許した自分が馬鹿だったのか。
ラクシュリは落胆に近い気持ちに肩を落とす。
すると、どっと疲れがくるようで地べたにペタンと座り込んで、深い深い溜息をついた。
「あのさ、武器も持たないで追っ手から逃げ続けるなんて、無理だろ。だから、俺を雇えって言ってんの。わかんないかな?」
「ですが、あまりに危険です。女王は本気で私を殺そうとしています」
「乗りかかった船なんだから、いいって言ってんの。それに、新しい仕事探すのもしんどい。別に大金いるわけじゃないしさ。この汚れた服の替えと、食事だけ世話してくれたらいい」
こうまで言っても、グラディスは戸惑っているようだった。
その態度に徐々にイライラを募らせたラクシュリは、キッと彼を睨み付けて近づき、胸ぐらを掴んで低く声を潜めた。
「『はい』は?」
「……はい」
半分以上脅しだ。
それでも、グラディスはどこか嬉しかった。
初めて出来た仲間が。心配してくれる人の存在が。
ただ、それだけが救いのようだった。
「じゃ、次の町に向けて移動すっか。近くに野宿しなくて良さそうなところは?」
「案内しますよ」
厚く低い灰色の空。
それでもグラディスの旅は何か光を得たようにほんの少し、明るく先を照らしているようだった。