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ラカントの短剣(3)

「よろしくお願いしますね、ラクシュリ」

「ん? あぁ、おう」


 よく分からないが握手をしたラクシュリ。

 そして思わぬところで手に入れた戦利品を腰のホルダーに差す。実は手に馴染んでいい感じなのだ。軽くて丈夫そうでもある。


「って、これが目的じゃないんだよな。さっさとユグドラを見つけないと」

「えぇ。この先に道が続いています。どうやらここは神殿の心臓部のようですから、正しい道だったのでしょう。運命の神ロスラーの導きですね」


 姿のない神様に感謝するグラディスを尻目に、ラクシュリは道へと歩き出す。

 不思議と歌は聞こえなくなっていた。その代わり、短剣がとても温かく感じる。頼もしいというか。


 そうしてしばらく歩いていくが、二人は結局ユグドラどころか生きている者を見つける事すらできなかった。

 上へ行く階段を見つけて登ると、そこは扉をくぐる前の前庭のような場所。ロスラー神のレリーフが温かく二人を見下ろしている。


「結局見つけられなかったけど、もう一回入るか?」

「えぇ、そのよう……」


 言いかけたグラディスの言葉が不自然に途切れる。

 瞳は鋭く、警戒の色が窺える。紫の瞳が辺りを睨み付けた。


「なんだよ」

「ラクシュリ、神殿の中に。隠れてください」

「おい!」

「いいから!」


 穏やかな男が発する警告の声はとても緊迫したものを感じる。

 ラクシュリはそれ以上何も言わずに太い柱の陰に隠れた。

 様子を見て、グラディスが手を焼きそうなら出て行こうと思って。


 しばらくして、ラクシュリにもその足音が聞こえてきた。

 十数名はいるだろう人の足音。

 だが、ズルズルと引きずるような足音で、どうにも生気を感じない。

 用心してこっそり見ているとやはり予想通り、十五人くらいの集団だった。


 驚くべきはその出で立ちだ。

 青い顔をして、生気なんて一切ない。まるで話しに聞く死人返りのようだ。

 意志のない腐ったような瞳。それでも剣を持ち、鎧を纏っている。


 その中で唯一人間だろうと分かる男が一人、一歩前へと出る。

 そして、馬鹿にしたように丁寧な礼をとって挨拶をした。


「やはりこのような場所においででしたか、グラディス様。女王様が探しておりますよ」

「私がどこへ行こうと、私の勝手です」

「確かに。ですが、このように逃げ回られると探すのも骨なのですよ。さっさと死んでくれませんかね?」


 男は剣を抜く。グラディスは一歩素早く飛び退いた。


「行け」


 静かな命令に死体の兵士は前進を始める。統率の取れた動きだ。


『輝く空より舞い降りたる聖なる炎よ、惑い苦しみ訴える者を焼き払い、未練断ち、悲しき魂を天上へと送らん ―― クレセント・フレア』


 それは確かに不思議な音を持つもので、ラクシュリも聞いた事のあるものだった。

 ホワイトウルフに襲われた時、それを遠ざけた魔法と同じ響きだ。


 だが不思議と何も起こらない。

 何か理由があるのか、グラディスの力がなくなってしまったのか。


 悔しげに眉根を寄せるグラディスは兵の攻撃を身を翻して避けるばかりで反撃のしようがない。

 その無様ともいえる姿に、指揮官の男は勝ち誇ったように口の端を上げた。


「無駄ですよ、グラディス様。女王様の加護を受けたそいつらに貴方の力は通じない。お忘れですか?」

「くっ」


 たった一つの出入り口は敵に封じられ、頼みの魔法も使えない。

 グラディスは血を嫌って剣などの武器も持ち歩いていない。

 この状況ではそれが命取りだ。


 防戦一方どころか、殺されることすら確定に近い。

 追い詰められて柱を背にするも、もうこれ以上避けられる自信などない。

 凶剣が振り下ろされる。

 目をつぶり、なんて不甲斐ない終わり方かと自分を責め後悔した。


 だがそれは、別の音で途切れた。


 カーンッという金属のぶつかる音に目を開けたグラディスは、自分の前でダガーを構えているラクシュリを見て目を丸くした。

 彼は振り下ろされた剣を下から受け止め、弾き、敵の喉を切りつけていた。


「ラクシュリ」

「武器も持たないで何かっこつけてんだよ! お前死にたいのか!」


 怒鳴られて、グラディスはなんとも答えられなかった。

 死にたかったのかと問われれば、違うと言い切れない気持ちがどこかにある。

 生きたいのかと問われれば、そうだ。


 曖昧な笑みを浮かべたグラディスを睨み付けて、ラクシュリは前を見る。

 首を切られて倒れた兵士は何事もなかったかのように再び立ち上がる。どうやら死体の兵士というのは本当らしい。血も流れていない。


「ってか、勝ち目ねーだろ! なんとかしろよ、これ!」


 斬ってもまったく効果なし。火だと燃えるかもしれないが、頼みのグラディスはどういうわけか力が使えない様子。

 これで勝とうなんて神様でも降りてこないと無理だろう。


 相手が少し反撃すると分かったからか、死体の兵士は遠巻きにしている。

 これはラクシュリにとっても幸運だった。

 どうにか打開策を見つけなければ本当に、ここで二人とも終わりだ。


「ラクシュリ、あの剣を」

「え?」


 グラディスの指が、スッと腰の短剣に向けられる。

 ラカントの短剣。それは正す剣。


 ラクシュリは迷う事なくラカントの短剣を抜き、俊敏に近づいた。

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