カルマスという神が残した預言書にはこの後、四つの短い詩のようなものが伝わっているのだと。
『運命を回す少女はカラントを手にし、凍れる魔女へと刃を向けるであろう』
『ルエヴィトに愛された乙女のみが聖剣を手にする事を許される。聖剣はルエヴィトの意志によって、高貴なる者の手に渡るであろう』
『古の高貴なる血族が聖剣を手にする時、天は裂け主神の祝福を得るだろう』
『聖剣と魔女の血によって、高貴なる者が魔女を打ち破る。後に冬は去り、再びこの世に楽園が戻る』
これらはその後起きる事を示していて、人々はこれらの予言を信じていた。
だが、事はそう上手く運ばなかったようだ。
「ですが、この予言は既に外れているんです。なぜなら魔女が、高貴なる血族である王族を全て殺してしまったのですから」
「希望ないのかよ!」
こういうものは希望があってなんぼだ。それがなくなってしまうなんて、なんて救われない。
ラクシュリはこの大陸にきた自分を呪うばかりだ。
そもそもラクシュリがここにきたのは、たまたま酒場で賭けをして勝って船のチケットを手に入れたからだ。
行くあてもなかったから、丁度いいと思っただけなんだ。
「噂はあるのですが、希望は薄いですね。もし噂が本当なら、とっくに魔女はその王族を見つけ出し、刺客を差し向けているでしょう」
「だよな」
「既にこの大陸から逃げ出した者もいますが、逃げ切れたのかは定かではありません。絶望してもしかたがないので、人々は毎日を精一杯に生きている状況です」
「逞しいな」
「えぇ。希望を捨てずに、王家の血族を探している者もいますが、そういう者には魔女が刺客を放っています。殺された者も多いでしょう」
グラディスの表情は徐々に暗くなっていく。
それを隣で見ていたラクシュリは、なんとなく彼もまったくの無関係ではないように思えてならなかった。
憂いを帯びた表情や、苦しげに伏せられる瞳がどことなく。
「あんたも探してるのか。その王族ってやつを」
ラクシュリの真っ直ぐな視線に、グラディスは驚いたようだった。
そして軽く笑い、それまでとはまったく違う柔らかな表情を作った。
「私が探しているのは違う物です。ユグドラという霊薬です。瀕死の人を救い、あらゆる呪いを解くと言われているものです。この近くにある遺跡にあると、古い書で読みまして」
「そんな凄いものがあるのか!」
それほどの霊薬を故郷に持って帰ればどれだけの人が救われるのだろうか。
ラクシュリは一瞬考えて、虚しさを覚えてやめた。
それはもうなんの意味もないことだと、思いだしたのだ。
「この大陸に三本あるそうです。本体は魔女のいる王都に。他の二本は神々の住んでいた遺跡に株分けをされたと伝わっています。私はそれを探しに来たのです」
「何に使うんだ?」
「……ある呪いを、解くために」
一瞬言葉に詰まったグラディスは、ただそうとだけ言った。
ラクシュリもまた、それ以上は聞かないことにした。
誰しも言いたくない事、思い出したくない事があるだろう。
これはグラディスの中で、そういう類いのものなんだと感じた。
「なんか、長い旅になりそうだな。しっかり準備しないと」
「え?」
とても唐突に言うラクシュリに、グラディスは驚いた顔をした。
向き直ったラクシュリの瞳が悪戯っぽく笑う。
照れたように赤い顔を、ラクシュリは満面の笑みに変えた。
「恩くらい返させろよ。あんた、俺の命の恩人なんだぞ。命の恩は命で返すのが俺の里での常識だ」
「そんなこと、とてもできません! 危険ですし」
「危険ならなおさら、手数はいるだろ? これでも強いんだぞ……説得力ないかもしれないけど。簡単な用心棒くらいはできるさ」
ラクシュリの勢いにグラディスは若干押され気味になる。
ラクシュリには悪意や他意があるわけじゃない。純粋に、今夜の礼がしたいのだ。
悩んだグラディスはしばらく腕を組んで考え、溜息をつく。
そして困った子供でも見るように苦笑をもらした。
「では、明日行こうと思っている遺跡を出るまで、一緒にお願いします」
「それだけでいいのか?」
「えぇ、十分ですよ」
少し考えたラクシュリもそれに同意する。
そして安堵したかのような笑みを浮かべた。