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第26話

「高山さん、またね」


 授業が終わると、相川は千尋へ声を掛けてから教室を出ていく。隣の席の澤井とも同じように挨拶を交わしていたので、傍から見れば特におかしなことじゃない。けれど、一番の後ろの列の真ん中の席の女子は、そうとは考えてくれないみたいだ。相川を追いかけるように扉を出て行く際、キッと強い眼でこちらを睨みつけていく。


「えー……」


 げんなりと苦虫をかみ潰したような顔で二人の背を見送っていると、好奇心丸出しの同中の女子三人が千尋の元へと集まってくる。


「別に気にすることないよー」

「そうそう、結城さんは彼女じゃないんだし」

「なんか、澤井さんの時よりも焦ってる感じだったんだけど……高山さん、何かしたの?」


 千尋が思っていた以上に真咲達はこちらの様子をよく見ていたらしく、慰めつつ心配して聞いてくる。教室内を見回すと、他の生徒はもう帰ってしまって、残っているのは千尋達だけだ。完全に他人事だと思っているのか、長澤もとっくに出た後だ。


「相川君から聞かれたから、ID交換しただけ」

「あー、それはやばいね」

「結城さん、相川君が連絡先を教えてくれないって愚痴ってたもんねぇ。なのに、高山さんとは交換するとか、それは怒るよ」

「うん、やばい。完全に目付けられたよね」


 やばいやばいと口々に言ってくる。具体的にどれくらいやばいのかが分からないのが怖い。


「こないだまでは、相川君からホワイトデーにお返し貰ったって浮かれてたのにねー」

「そうそう、ただの義理返しだったのにね」

「あ、そう言えば、柚葉は笹原君から何貰ったのー?」


 ホワイトデーと言えばと、森口柚葉へと話題が移り変わる。バレンタインデーをキッカケに、他校の男子と付き合い始めたとは聞いていたが、千尋はいまだに相手が誰だか分かってない。笹原というのは前から3列目の右端の席らしいけれど、千尋からはイマイチ見え辛い。教室へ入って来た時にちらっと見掛けたような気がするが、すごく背の高かったような……。とにかく印象がとても薄い。


 「これだよ」とほんのりと頬を赤らめながら、柚葉が背負っていたリュックを傾けて皆に見せる。赤色のビジューで装飾された蝶がモチーフのバッグチャームだ。蛍光灯に反射してキラキラと光っている。


「あ、これの色違いが笹原君のリュックに付いてるの見たよ! お揃いなんだー」

「ふふっ」


 柚葉は照れながらも得意げに笑う。同じタイミングで入塾したことがキッカケで仲良くなり、今年のバレンタインに思い切って告白したら、向こうもずっと好きだったと言ってくれたらしい。振られたら転塾も考えていたと聞いた時は、その覚悟に心底驚いた。その、今すぐ気持ちを伝えたいという情熱はどこから湧いてくるんだろう。


 塾から帰宅した後、二階にある自分の部屋でのんびりと風呂上りのアイスクリームをかじっていると、床に置きっぱなしにしていた通塾用リュックの方からピコンという小さな音が聞こえてくる。サイドポケットに入れたままのスマホが、メッセージの受信を知らせた。


 この時間帯のメッセージは寝る前の挨拶ばかり。大抵が就寝前に思うように寝付けないとベッドの中から送ってくる。返事を急ぐことは無いと、棒アイスの最後の一口を食べ切ってから、千尋はノロノロとリュックのポケットを探る。


「あ、相川君からだ」


 アプリを開くと、ほんの数時間前に交換したばかりのIDからの受信。まだ見慣れていないアイコンは、体育館らしき木目の床に転がるバスケットボールの画像だ。相川はそこまで背が高い訳じゃないけれど、一応はレギュラーだと言っていた。頭がよくて運動神経もいいなんて、モテ要素しかないじゃないかと、逆に少し引いてしまう。


 そのモテる相川君が、なんで他校の女子のことを相手してくるんだと不思議になる。確か、向こうの学校の方が生徒数は多かったと思うんだけど。


『また次の塾で。おやすみなさい』


 他の友達からのものと大差ない、寝る前の挨拶。とても自然体で、さりげない。思わず他の友達に送るのと同じ調子で『おやすみー』と送り返してしまったけれど、こういうのだって結城に見つかれば文句を言われてしまうんだろう。


 別に相川のことは嫌じゃない。好意を持ってくれているのは正直言って嬉しいし、長澤から聞いた時は少し浮かれてしまった。勿論、仲良くなれるのならなりたい。でも、それは結城が彼に抱いているのとは違う感情だと思う。だから、あまり気にしないでと言いたいのだけれど、冷静に話を聞いて貰える雰囲気じゃないのだ。


「相川君から言って貰うのは、逆効果だよね、きっと……」


 むぅ、と眉を寄せて、唸る。好きとか嫌いとか、そういうのは本当に面倒だ。何回も振られているという結城は、それでもずっと相川のことが好きで、彼が他の女子と仲良くしているのは許せないのだ。相手に断られたからと言って、すぐに気持ちが無くなる訳じゃない。


 誰かのことが気になる気持ちは、千尋も何となく分かるけれど、その気持ちが冷める時はどうやって来るんだろう。実らない想いを抱えたまま、同じ人を想い続けるのはきっと辛い。だからと言って、相川に結城のことを考えてあげてなんて言える訳もない。相川には相川の想いがあるのだから。

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