スマホを覗きながらの長澤の呟きに、真っ先に有希が「何? 何? 相川って誰? KSKの子?」と反応する。「同じクラスの、例のモテ男」という千尋の簡潔な説明に、一瞬で理解した有希は、呆れ気味に大きな溜め息をつく。
「人伝てに聞いて来て連絡先を教えるとか、絶対無い!」
有希が露骨に嫌悪感を現した顔で、首をフルフルと横に振る。知りたいなら直接聞いてくればいいじゃんと、ビシッと言い切っていた。こういうところ、有希はとてもはっきりしている。隠れてコソコソと動くタイプが嫌いで、いつも正々堂々だ。
「まあ、オレが教えなかったら、あいつのことだし本人に直撃してくるだろうけど……一応、オレは連絡先は知らないってことにしておこうか?」
有希の言葉に、長澤も同意だと頷く。同じ部なのだから連絡先を知らないというのはあり得ないけれど、本気で知りたければ自分で聞けというスタンスだ。
昨日に初めて少し話しただけの相川の距離感に、千尋はやや引いてしまう。ただ、相手のことを全く知らなさすぎて嫌悪感とかは無い。他人事のように、何か積極的だなーくらいの感想だ。
「相川君って、どういう人なの?」
「まあ、ちょっと強引なところはあるが、悪い奴じゃないのは保証する」
「だったら、別に――」
言いかけた千尋のことを、有希が顔の前に両手でバツを作って、首をフルフルしながら制止してくる。千尋としては、今後も塾で顔を合わせるんだし変に距離を取る方が面倒かと思ったのだが……。
「千尋のそういう優柔不断なとこ、いつか絶対にトラブルの元になるよ」
「そうなのかなぁ……?」
メアドや電話番号とかじゃなく、メッセージアプリのIDくらいならと軽く考えていたけれど、それでも教えるのなら直接聞かれた時だけにしなきゃと窘められる。もし直では聞かれなかったら、向こうも本気じゃないんだし放っておけばいい、と。
なるほど、と納得した千尋は、長澤には連絡先は知らないフリして貰うよう頼んだ。そして、その後に真面目に部活して読み始めた本があまりにも面白くて、さらには続刊も借りて帰って自宅で一気読みしていたら、そのこと自体はすっかり頭から抜け落ちていた。
ようやくそれを思い出したのは、翌日の塾の教室で宿題の解き忘れページを埋めている時だった。後ろの席から肩をつつかれて、振り向いた先に現れた爽やかな笑顔。クラストップの席をずっと指定席化しているイケメン君は、今日も前髪がサラサラと揺れていた。
「ね、ね、高山さん。連絡先教えてよ」
強引だという長澤部長の評価は正確だ。相川はド直球で聞いてきた。
相川からの不意打ちとも言える直撃に、千尋は咄嗟に断る理由が思いつかなかった。勢いに流されるよう、机の横に掛けていたリュックのサイドポケットからスマホを取り出してしまう。
まあ、成績トップの彼と繋がっていて損は無い気もするし、断って後々で気まずくなるのも困る。それに本音を言えば、他校の男子に知り合いができるのは悪くないとちょっと思ってしまったのだ。しかも誰が見ても彼はイケメンだから、尚更。
「友達追加できた?」
「うん、多分」
「じゃあ、試しにこっちから送ってみるね」
互いにスマホを覗き合ってメッセージが届いたかを確認していると、突如、斜め後ろから強い視線を感じた。そっと横目で見てみれば、結城花音が下唇を噛んで千尋のことを睨みつけている。目で人を殺めることができるのなら、間違いなく千尋は即死だ。
――あ、やばっ……。
結城も取り巻きも姿が教室に無かったから、まだ来ていないと完全に油断していた。相川と二人でスマホを寄せ合って話しているという、一番目撃されてはいけない場面を見られてしまった。慌てて前を向き直したが、多分もう遅い。机の上に乱雑にリュックを置く音が、背後から聞こえてくる。
模試の結果表を見せ合いっこしていた澤井茜と、個人的な連絡先の交換をしていた千尋。結城からはすれば、どちらの存在が面白くないだろうか――どう考えても、連絡先交換の方がマズイ。
――えーっ、これって、長澤君から伝えて貰った方が安全じゃなかった?
助けを求めるよう、教室の奥へと視線を送るが、一番後ろにある5位の席はまだ誰も座って居ない。普段は割と早めに来るくせに、今日に限ってギリギリとか何て間の悪い男だ。
心の中で長澤のことを批難しながら、結城達のヒソヒソ話は聞こえないふりして宿題の続きへ集中する。「入ったばかりで、きっと知らないんだよ」とか「ちゃんと教えといてあげなきゃ」という声も聞こえてきて、集団リンチという言葉が頭の中を横切る。
――絶対、一人でトイレには行かないようにしよう……。
長澤へ早く来いとメッセージを送ろうかとスマホを手にすると、ホーム画面に未読一件という表示がある。何気なくアプリを開いてみると、相川からのメッセージだった。
『これからもよろしく』
席を振り返ると、相川がシャーペンを持つ手を小さく振ってニコニコ笑っている。ははっ、と乾いた愛想笑いを返してから、千尋は前を向き直す。
確かに相川は悪い奴という感じはしない。人懐っこくて良い人そうだとは思う。だけど、彼の周辺には陰湿な人物が目を光らせているという恐怖。次の席替えまでの2か月をどう過ごせば良いのかと、千尋は頭を抱えた。