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第19話

 バレンタイン以降、海斗からの返事を有希はずっと待ち続けている。クラスが違うから本人と顔を合わすことはないし、ひたすらスマホの画面を気にしているだけだけれど。メッセージアプリで繋がっているんだから、こちらから連絡も取れるけれど、そこまでの勇気は無いらしい。

 傍から見ていると、なかなかまどろっこしい。


「……もしかして、義理チョコとか友チョコだと思われてるのかなぁ?」

「でも、手紙で気持ちを伝えたんでしょ? さすがに分かってるはずだよ」


 学校からの帰り道。反応の無いスマホをきゅっと握りしめて、有希はハァと空へ向かって白い息を吐く。2月の空は深い灰色で、いまにも何かが降り始めそうだった。

 千尋は制服の上に羽織っているピーコートのポケットへ手を突っ込んだまま、有希と同じように空を見上げる。どんよりと重い雲がどこまでも続いている。


 何かが大きく変わっていくのは怖い。でも、日に日に有希の元気が無くなっていくのを傍で見ているだけも辛い。


「小学校からずっと好きって言ってるから、なんか同じノリで渡されたと思われてる気がするんだよねー」

「ね、手紙って何て書いたの? 付き合ってって、ちゃんと書いた?」

「好きになったキッカケとか、いろいろ書いたよ。けど……」


 気持ちを伝えるという言葉通りに、有希は自分の想いの丈を文字で伝えたのだと言う。同じクラスになった時に楽しかったことなど、便箋3枚に書き綴ったのだと。内容を聞いた後、千尋は呆れ気味にぼそりと呟く。


「……それは返信、し辛いかもね」

「え、そうかな?」


 一方的な思い出の羅列。それを突きつけられた海斗が困惑している姿が目に浮かぶ。イエスかノーで返せる内容じゃないから、返事のしようがない。付き合って下さいとか、私のことをどう思っていますか、という問いかけなら向こうも返信し易かったかもしれないが……。


「だって、ラブレターなんて初めて書いたんだもん……」


 サラサラの前髪の下の瞳を潤ませて、有希が少し俯いてしまう。好きだという気持ちを伝えることに必死だったのだ。海斗を呼び出してチョコを渡すだけでも、ものすごくパワーが要る。一歩前へ進もうと頑張った有希に対して、千尋は少し意地悪なことを言ってしまったかもと反省する。


 自分も海斗のことが気になり始めてるからって、有希を落ち込ませるような言葉をぶつけちゃいけなかった。有希は大事な友達なんだから。


「ほ、ほら、ホワイトデーに何か答えてくれるかもしれないし、それまで待ってみるとか?」

「うん、そうだね……」


 お返ししてくれるとは限らないけど、可能性が無い訳じゃない。


 有希が手紙の返事を待っているように、千尋も海斗にずっと聞きそびれていることがある。でも、なかなか確認できる機会がなく、相変わらずモヤモヤしたままだ。


 いつもの児童公園の角で有希と別れた後、一人で歩きながら鞄の内ポケットに入っているスマホを操作して、ワイヤレスイヤホンを右耳だけ装着する。軽快だけれどどこか切ない曲ばかりを集めたボカロメドレーは、こないだの塾で田中真咲がイチオシだと勧めて有無を言わさず動画サイトのリンクを送り付けてきたやつだ。


 ――ミケの入院のこと、まだ聞けてないんだよね……。


 三毛猫の散歩にも出くわせず、ミケ本人(本猫?)にももう何日も会えてない。この季節に猫が家からあまり出たがらないのは覚悟していたけれど、ここまで来てくれないと寂しさは募る一方だ。

 しかも、最後に会った時に首輪に括りつけられていた手紙の内容が気になってしょうがない。思わずストーカーのように2組の教室を覗きに行ってしまったくらいなのだから。


 もしかしたら、またミケが入院してるんじゃないかという心配まで湧き上がってくる。何か大きな病気を抱えてしまって、入退院を繰り返してるんじゃないかと。

 こないだは元気そうにしていたけれど、今はもう外へ出れないくらいに弱ってるのかも……。もしそうなら、ミケとはもう二度と会えないんだろうか。

 不吉な想像ばかりしてしまい、思わず顔を顰める。



 二人一組で順に回ってくる日直は、面倒なことばかりで何一つ面白くない。授業後の黒板消しはチョークの粉だらけになるし、消し残しがあろうものなら重箱の隅をつつくかのように指摘してくる意地の悪い教師もいる。3時間目の数学が休み時間を越えて授業が続いたせいで、慌てて消している最中に次の教師がやって来てしまった。生徒からの評判が最悪の国語教師は、消し跡で出来た筋を自分で嫌味ったらしく拭き直しながら言う。


「黒板を見れば、そのクラスの授業に対する意気込みがよく分かりますよね。頑張って学ぼうという姿勢は、こういうところに現れるんです」


 一つ前の授業が押したせいで時間が無かったんだと、千尋は反論したい気持ちをぐっと抑える。二学期に下がってしまった国語の成績が、ここで文句を言ったせいでさらに下げられるのだけは避けたい。

 モヤモヤというよりイライラに近い気分のまま退屈な授業を終えると、国語教師は千尋に向けてさらに追い討ちをかけてくる。


「次の授業までの宿題プリントを、日直は昼休み中に職員室に取りにくるように」

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