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第15話

 バレンタインデーが近付いてくると、自分には関係ないことだとは分かっているのに、少しだけソワソワしてしまう。この時期だけは何となく男子が掃除当番を真面目にするようになるのは、きっと同じ心理に違いない。


「具体的に何とは言いませんが、学校に関係のないものは持ち込まないように」


 前日のホームルームで担任の数学教師が遠巻きに「バレンタインのチョコの持ち込み禁止」を告げてくる。当日に全員の持ち物検査をするほど厳しくはないけれど、毎年恒例のことだ。

 ただ、毎年何人かはこっそり持ち込むチャレンジャーが現れて、呆気なく見つかって没収されてしまうらしい。チョコは渡す方も渡された方にもリスクが発生する。せっかく用意したり貰った物を取り上げられてしまうのは悲惨だ。


「今年は職員会議の日で部活もないし、放課後にどこかに呼び出すしかないかなぁ……」


 チョコを没収された後、容赦なく家へも連絡がいく、という恐ろしい噂まで流れているから、有希は学校で渡すことは端から諦めている。教師バレどころか親バレまでするなんて、冗談じゃない。


「家を知ってるんだから、直接渡しに行かないの?」

「えーっ、それって本人が居なくて家族が出て来たら気マズいじゃん……」


 フルフルと嫌そうな表情で首を横に振っている。用もなく家の前をわざと通ることもあるくせに、肝心な時には近寄れないらしい。近くの公園とか駅前に呼び出すのが一番かと、ブツブツと独り言のように近所の目印になりそうな箇所を上げていく。


「あ、そう言えば森口さんはKSKで一緒の子にあげるって言ってたよ。千尋も塾では同じクラスなんでしょ、どんな子なのー?」

「え、森口さんって、3組の?」

「うん、こないだ図書室で話してたよ。森口さんが図書当番だった時に。他の中学の子だって言ってた」


 絶賛幽霊部員である千尋が部活をサボった日だ。塾に森口柚葉の好きな子がいるなんて、今初めて聞いた。入塾してまだ2週間しか経ってないし、一番前の席にいると教室内にどんな人がいるかなんてさっぱりだ。きっと名前を言われても誰のことだか分からない。


 有希の話に、「へー」と感心しながら目をぱちくりさせる。長く通っていれば、そういうこともあるんだと、ちょっと驚いていた。千尋にはまだ塾では周りを見回せるような余裕は無いけれど……。


「そうだ、明日は付いて来てくれるよね?」


 分岐点でもある児童公園が見え始めたところで、有希が少しばかり甘えた声で千尋の顔を覗き込んでくる。


「えっ」

「ね、お願いっ! 一人で呼び出すとか、絶対無理だよ……」


 両手を合わせ頼み込むポーズをしながら、千尋のことを上目遣いする。まさか告白の場に立ち会うことになるとは思っていなかったから、千尋は即答できず言葉を詰まらせた。


 小学校からずっと仲良しの親友がバレンタインデーに好きな子へ告白をする。それは友達として、全力で応援しなきゃいけない大事なイベントなはずだ。一緒に来てと頼まれたら、その場所まで付いていって離れたところから見守ってあげるくらいはしてもいいはずだ。


 なのに、千尋は「いいよ」と即答してあげることができなかった。「えー、考えとくね」と答えを明日まで先延ばしにしてしまった。


 ――有希、本当に告白するんだ……。


 心のどこかで、「やっぱりチョコは自分で食べることにする」と言い出してくれないかなとすら考えてしまう。バレンタインデーを境にして、有希との距離がガラリと遠のいてしまう気がして、何だか怖い。


 これまで島田海斗が誰が好きかとかいう噂は一度も聞いたことがないし、彼が有希のことをどう思っているのかも分からない。でも、小学生の時からずっと海斗ラブを公言している有希のことを、迷惑がっていると聞いたことはない。面白がって冷やかしたりする子もいたから、もしかしたら向こうもそれなりに意識している可能性はあるだろう。


 有希は性格も明るいし、常にコンパクトミラーをポケットに忍ばせてるくらい女子力も高くて、とてもお洒落だ。セミロングの髪はいつもサラサラで、少しの湿気ですぐに癖が出てしまいがちな千尋からすれば、もの凄く羨ましい。そして、一人の男の子のことをずっと想い続けるくらいに一途な女の子。


 もし自分が男子だったら、有希みたいな子に告白されたらめちゃくちゃ舞い上がってしまうはずだ。他に好きな子がいないなら、断る理由なんて思いつかないくらいに。


 ――もし、有希が海斗と付き合うことになったら……。


 間違いなく、こうやって一緒に下校する機会は減ってしまうだろう。海斗と有希の家は近所なんだから当然だ。でも、別にそのくらいは平気。何とも思わない。今だって部活がある日のほとんどは有希とは別々で帰っているんだから。


 休日に遊ぶ回数も減るかもしれない。でも、もう受験生になるんだから、どっちにしてもお互いに塾で忙しくなるし、3年生になれば遊んでる暇もなくなるだろう。


 じゃあ、自分は何に対して、こんなに嫌がっているんだろう? 去年の自分なら、有希の恋心に対して何でも協力してあげたいと思っていたはずなのに……。素直に応援してあげられない理由は何? 


 千尋は心の中で自問自答する。

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