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第12話

 ファストフード店の二階にある客席の窓から、千尋は真下の通りを眺めていた。駅から目と鼻の先にある店の前を歩いて行くのは、すぐ近くにある高校の制服が目立つ。今日は土曜日だから、みんな部活帰りなんだろうか。


 店内を見回しても、紺色のブレザーにチェックのリボン姿がちらほら。割と難易度の高い公立の進学校のだ。普段見慣れた同級生達よりも、高校生はやっぱり大人っぽく感じる。2、3歳しか違わないはずなのに、何でこんなに差があるのか。

 向かいに座っている有希はハンバーガーを大きな口で頬張りながら、隣のテーブルでメイク直ししているJKをチラチラと横目で盗み見ていた。


 反対の隣にも、揃いの制服を着た恋人同士らしき高校生の男女。二人で仲良く一台のスマホで動画を見ている。


 冷えてシナシナになったポテトを口へ運んでから、千尋は昨日の塾で目撃したことを思い出し、ハァと大きな溜め息を吐く。お節介な真咲達の解説のおかげで、たった一日でクラス内の複雑な相関図を把握してしまい、今後の通塾が憂鬱で仕方ない。


「次の模試で千尋の席が、その男の子の隣になったらどーする?」

「えー、ないない。ずっとトップをキープしてる子だって言ってたし、私じゃ全然無理だよ」

「そうかなぁ? でも、これまで塾行ってなくて今の成績なんでしょう? ちょっと通い始めただけで、一気に伸びる可能性しかないじゃん」


 定期テストごとに互いの点数を見せ合っているが、中一からずっと塾通いしている有希とはいつもそれほど大差が無い。英語は負けてしまうが、他の教科は似たようなもの。だからと言って、そんな一気に成績アップするとは思えないのだが……。


「……もしそうなったとしたら、地獄だよね。私も澤井さんって子みたいに、休み時間ごとに逃げるよね、きっと」


 そう簡単に転塾とかはさせて貰えないだろうしと、急に教育ママに変貌した母親の顔を頭に思い浮かべる。


「ま、いきなり一番後ろは無いかもしれないけどさ、その2列目の集団でどれくらいなの? そこに紛れ込んだ場合も、最悪だよね」


 まだ自分の偏差値すらよく把握していない千尋は、有希に向かって首を傾げて見せる。


「意外と上位クラスって言ってもピンキリだからね、一番後ろ以外は席の移動が激しいんなら、要注意だね」


 少し揶揄うような口調で、有希がニヤリと笑う。その笑い方を見て、千尋は昨日の長澤のことを思い出した。


「……あれは、そういうことか」


 塾内の女子のゴタゴタを知らずに入り込んでしまった千尋のことを、あの眼鏡の奥で嘲笑っていたのだ。真咲達は常に前から数えた方が早い席にいるらしいけれど、入ったばかりの千尋の成績はまだ未知数。面白いことになりそうだと、高見の見物をするつもりでいるのだろう。本当にそうだとしたら、かなりいい性格だ。


「でもさ、その女子の気持ちも分からないでもないよね。ずっと好きだって言ってるのに、すぐ横で他の子との距離が近いのはモヤるっていうか」

「ただ、席が隣ってだけだよ? それにその子は何回もはっきりと振られてるんだよ?」

「そうなんだけどねぇ……その男子のことを好きだって言い続けてる子が傍にいるんだから、ちょっとは遠慮してよって思っちゃうんだよ」


 上位同士で互いの成績は気になるだろうし、相手が異性だろうが同性だろうが点数の見せ合いっこくらいしてもおかしくない。澤井茜が結城花音から目を付けられるようになったのは、相川と二人でコソコソと模試の結果表を交換しているのを目撃されてかららしい。


「私も、海斗が他の女子と仲良くしてるところを見たら、悲しくなるよ。普通、そうじゃない?」


 そう言った後、有希はドリンクカップのストローに口付けて、オレンジジュースをズズッと一気に飲み干した。

 千尋は有希の言葉に、心底ドキッとする。まるでミケを通じて海斗と手紙のやり取りしていることを責められているような気がして、目の前の親友から視線を逸らしてしまう。


「でさ、この後なんだけど――」


 打って変わって明るい声で、有希が自分のスマホ画面を見せてくる。地元の情報を発信しているローカルブログの記事ページ。


「この近所にめっちゃ美味しいって噂のケーキ屋があるみたいなんだけど、そこのチョコにしようっかなって思ってるんだ」

「え、ああ……バレンタインの?」


 千尋の問いかけに、有希は少し照れながら頷き返してくる。「どこにでも売ってそうなのは義理っぽいし、かと言って、手作りは重いかなって」と、まるで自分自身を納得させるように言い訳しながら。


 その様子に、千尋は有希が今年のバレンタインは本気だと気付く。コンビニやスーパーの特設コーナーでとりあえず買って、結局は自分で全部食べてしまっていた去年までとは違う。


「チョコ渡してから、告白するんだよね……?」


 こないだ言っていたことが気になって、思わず声に出して確かめてしまう。チョコと一緒に手紙を渡すということはつまり、そういうことなんだ。


「うん。千尋はどうするの?」

「え?」

「バレンタインにあげたい子とか、気になってる子とかはいないの? そういうの、いつも全然話してくれないしさ」


 逆に聞き返されてしまい、たじろいでしまう。有希としてはコイバナの流れから、話しを振り返しただけのつもりだったのかもしれないが、千尋は不自然なくらい慌てて首を横に振った。


「ううん、ないない。私はそういうの、全然だから――」


 「ふぅん、そっかぁ」と詰まらなさそうに、有希は氷だけになったドリンクカップをストローでくるくると掻き混ぜている。

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