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第8話

 棚移動2日目。

 この日は1年生の部員が一人も図書室へ顔を出さなかった。2年も有希と千尋、そして部長の長澤だけしかいないし、図書委員からはあの指示の危うい委員長だけ。今日の図書当番はこちらを手伝う気は端から無いらしく、カウンターの中でシャーペンをカチカチしながら日報を書き始めている。


「1年は明日、校外学習だから仕方ないよ。あとは単行本のコーナーを移動させるだけなんだし、すぐ終わりそうだね」

「うん、今日は代わりに先輩達も来てくれてるしねー」


 棚から避けてテーブルの上に積み上がったままの単行本を、作者順に並べ直していく。さすがに二日目ともなると、作業の手際もよくなっている。有希が運んで来てくれた本を、千尋が作者名を確認しつつ整理する。


 元々から三人しかいない1年生の部員は、翌日に校外学習を控えているからと全員欠席だ。校外学習という堅苦しい名称だが、いわゆるバス遠足。これから準備の為にお菓子を買いに行ったりするのかと思うと、ちょっと羨ましい。


 そして、その人手不足を聞きつけて代わりに手伝いを買って出てくれたのは、一足早く高校の推薦枠をゲットした3年生。早い人だと冬休み前に推薦が決まっているらしく、クラス内でも生徒間の温度差がかなり激しいらしい。


 一学期末まで部長を務めていた飯塚敦と、たまに顔を出す程度だった大西清香。二人は図書室には久しぶりに入ったらしく、一通りの手伝いが終わると新しく確保した読書部用コーナーを物珍しげに眺めている。棚移動は有希達へ任せて、入口すぐの棚では家で作って来たというポップを使い、長澤が一人でコーナーの準備しているところだ。


「え、何? 今はビブリオバトル推しになってんの?」


 すでに引退したはずの先輩の問いかけに、長澤は面倒くさいなとでも言いたげに眉を寄せ、「そっすね」と小さく頷き返す。飯塚は他にも何か言おうとしていたみたいだが、長澤のあまりの無愛想な態度にフンッとソッポを向いてしまう。


「あ、これって映画化されたやつだよね。ここにも置いてあるんだー」


 並べられた一冊を手に取り、大西が目をキラキラさせている。千尋と同じレベルで幽霊部員化してはいたが、彼女もそれなりに読書は好きらしい。


 本はわざわざ図書室へ来なくても、家でだって読める。なんなら、人目のあるここよりも、自宅の方が集中できる。となると、読書部の活動意義が全く無い。

 だからこそ、歴代の部長達は部の活動へプラスアルファを求めようとしてきた。


「やっぱ、年に一冊くらい部誌を作るべきだったよな。そしたら、ここに展示できたのに……」


 自分でも創作する派の飯塚が悔しそうに呟く。それに対して、長澤が即座に反論する。以前から彼ら先輩後輩は意見を違えることが多かった。


「そんな一部の部員だけのことを、全体活動のように出すのもどうかと思います」

「せっかく部活としてやるんだから、何か形ある物を残せる方がいいだろう?」

「その結果、うちは今、廃部寸前なんです」


 日頃から長澤は、廃部寸前になった原因は飯塚先輩だと言い続けている。今年の1年生の部員が3人しかいないのは、彼が4月の入部説明会で的外れなアピールをしたせいだと。


「先輩のおかげで、今の1年はうちの部のことを文芸部だと勘違いして、入部へのハードルが上がってるんですよ」


 説明会の場で「創作意欲のあるメンバー求む」的な募集をかけたせいで、実際に自分で物語を書いてみたいという二人からしか入部申し込みが無かった。その後に人伝手で、読むのが好きなだけでもいいということを聞いた子が入って来たが、最終的な新入部員はたった3人。これ以上増える気配もない。


 読んで良かった作品を部員同士で紹介し合う、それが本来の読書部だと長澤が力説する。彼は書く派の飯塚とは正反対の、読む派だ。だからきっと、次の入部説明会ではビブリオバトルについてアピールするつもりなのだろう。


「次のバトルは動画撮影して、情報処理部に編集して貰うつもりです。一応、飯塚先輩が言ってるように、俺も形として残すことはちゃんと考えてます。もし良かったら、先輩達も卒業記念に出演してみませんか?」

「えー、他の部との共作なんだね。めちゃくちゃ面白そう!」


 長澤の言葉に、大西が興味津々で反応する。同じクラスに情報処理部の部長がいて、すでに話はつけてあると説明する長澤は少し得意げだ。


 千尋達は、彼が率先して部長へ立候補したことを内心では意外に思っていた。特に有希は「そんなタイプだとは思ってなかったんだけどなー」と、去年同じクラスだった時の印象でかなり驚いていたくらいだ。


 後輩として一年間、前部長である飯塚の活動を見ていて、彼も思うところがいろいろあったのだろう。二人は本棚の下段に残りの単行本を並べながら、顔を見合わせて薄笑いを浮かべた。文化部だろうが、本気モードで部活する奴は熱い。


 何となく楽そうだからとか、窓の眺めがいいからだとか、そんな理由でこの場にいることが少しばかり恥ずかしくなってくる。

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