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第7話

 こじんまりとした児童公園脇のT字路で有希と別れると、千尋は歩く速度を少しばかり速める。別に何か用事が待ってる訳じゃないけれど、今日はここ最近では一番日差しが温かい気がするから。


 ――ミケ、今日は遊びに来てくれるかなぁ?


 3学期に入ってから、めっきり顔を見せなくなった三毛猫のことを思う。こんなに天気が良ければ、久しぶりに散歩に出る気になるかもしれない。冬休み中に海斗とやり取りした手紙でも、寒くなるとミケはあまり散歩に出たがらないと書いてあった。特にリビングにコタツを出している間は、一日の大半をその中で過ごしているらしい。


 ミケに託した手紙のやり取りは、お互いに相手が誰だかに気付いてからも続いていた。ただ、若干の気まずさもあるからか、頻度はかなり減っている。

 同級生を相手に、変なことは書けないというプレッシャーもあるし、千尋には有希への後ろめたさも感じてしまうからだ。


 ――海斗と手紙のやり取りしてるなんて、有希には言えないよね……。


 有希が小学生の頃からずっと海斗へ片思いしてるのは、親友である千尋が一番よく知っている。クラス替えがあるごとに気になる相手がコロコロと変わっていく子も多いのに、有希は一途に海斗だけを想っている。好きになったキッカケは聞いたことはないけれど、かなり本気なんだと思う。


 だからこそ、親友の知らないところで交流があることは、めちゃくちゃ後ろめたい気分になる。別に大した内容を送り合っている訳ではないけれど、接点があることを知ったらかなり怒るはずだ。そしてきっと、


「千尋だけズルいよ、私もその猫が見たい! で、海斗に手紙を送りたい!」


 って言い出してくるのは目に見えている。好きな人に関連するんだから、飛び付いてこない訳がない。自分だって同じことを思うだろう。だから、「私が海斗のこと好きなこと知ってるでしょっ」って言われてしまえば、断った千尋は完全な悪者になる。


 ――それは、なんか嫌だな……。


 千尋にとって、ミケという三毛猫は特別な存在だ。たまに部屋へ遊びに来てくれていることは、まだ家族にはバレてないと思う。この秘密の猫のことは、できるだけ他の誰にも知られたくない。誰かに知られることで、ミケが警戒して部屋に来てくれなくなるのが一番困るから。


 もしミケが海斗の家の猫じゃなかったら、有希も「へー、そうなんだ」で終わる話だっただろう。でも、海斗が飼い主だと知ったら、絶対に会いたがるはずだ。つまり、ミケが秘密の存在じゃなくなってしまうのが嫌なのだ。


 家に着くと急いで階段を駆け上がり、自分の部屋へと入る。そして、ずっと締め切ったままの窓を開き、外の様子を伺う。ひんやりとした外気で、室温が一気に数度は下がった気がした。

 お隣の家のブロック塀にはスズメが2羽止まって羽を休めている。


「やっぱ、来ないか……」


 いくら暖かい日だったと言っても、時刻はもう夕方に近い。寒がりなミケが散歩に出るならもっと日の高い時間帯だっただろう。まだまだ遠くにある春が待ち遠しい。こんなに冬が嫌だと思ったのは初めてかもしれない。



 翌日の放課後に行われた棚移動は、はっきり言ってただの肉体労働だった。抱えられるだけ抱えた蔵書を、ひたすら新しい棚へと並べ替えていく作業。初めは雑談しながらだったメンバーも、腕の疲労感が出始めてくると徐々に口数が減っていく。

 普段からあまり運動しないメンバーしかいないから、こういう作業は全く向いてない。


 図書委員長の3年生に指示を受け、あっちの棚からこっちの棚へと本を運び続ける。本棚の数は変わらないのに、読書部の為に一つの棚を開けてくれようとしているのだから、どの棚もギチギチで余裕が無い。


 そんな中、作業全体を見守っていた女子生徒が困惑顔で不穏な台詞を漏らすのが、千尋の耳に届く。


「あ、やっぱり文庫本はこっちじゃなくて、奥の棚の方が良かったかも……どうしよう、全部並びきれないね」


 入口扉を入ってすぐ横の棚を部の展示用スペースに提供して貰えたのは良いんだけれど、他の棚が全く収拾付かなくなってしまった。

 部長である長澤が若干呆れ気味な笑みを浮かべて、3年の先輩へと進言する。


「部のスペースは棚2段分もあれば十分なんで、下の段は今まで通りでいいと思います」

「え、そう? じゃあ、下の段は戻して貰って……ううん、美術部から画集をもっと目立つとこに置いて欲しいって言われてたから、あっちの棚から持って来てもらって――」


 さらに新たな移動の指示が増え、その場にいた全員が頭を抱え始める。間違いなくこれは、今日だけの作業では終わりそうもない。


 いつまで経っても作業終了の報告が来ないことに、部と委員のそれぞれの顧問二人が心配して様子見に来た。そのおかげで何とか最終的な配置図は決まったが、当たり前のように完全下校の時間までには移動しきれなかった。続きの作業は明日の放課後に持ち越しだ。


「何なの、あの人?! 考え無しにも程があるよね……あれが、なんで委員長なの?!」

「図書委員もあみだくじ、だって」

「あー……」


 疲れ切った二の腕を擦りながらキレていた有希も、一瞬で納得したようだ。あみだで当たったのなら、しょうがない。

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