グラウンドに面した窓からは、運動部の掛け声や声援が聞こえてくる。野球部が金属バットにボールを当てた甲高い打音に、陸上部がリズミカルに足並みを揃えながら土を蹴る音。
アグレッシブな外とは正反対に、校舎三階にある図書室はとても静かだった。本棚に囲まれたテーブルで誰かがページを捲る音と、カウンターの中の図書当番が日報を書くカリカリという筆音。
放課後の図書室は完全下校の時間になるまで、誰でも自由に利用できる。けれど、実際にここへ来る顔触れはいつも同じだ。生徒全員分の利用カードが用意されているにも関わらず。
中学に入学してすぐ、一年生は図書室の利用についてのオリエンテーションを受ける。その時、強制的に一冊ずつ貸し出しさせられるから、とりあえず全員の利用カードには一冊分の履歴は残る。でも、それを返却した後に二冊目を借りに来る生徒は、全体の何パーセントくらいになるんだろう?
ここはいつ来ても、同じような顔ぶれしかいない気がする。
そんなあまり多くない利用者の中で、特に目立って利用率が高いのが、有希が副部長をしている『読書部』の部員かもしれない。図書室内を活動拠点にしている読書部は、文芸部と呼ぶほど堅苦しくも無く、本に対する熱量はそこまで高くはない。ただ何となく本が好きなメンバーが集まっているだけだ。
週に二回、火曜と金曜の放課後に図書室へ来て、好きな本を読んでいくのが主な活動。時には真面目にビブリオバトルでお勧め本の紹介をし合うこともあるけれど、基本は各自が静かに読書をするだけ。
勿論、部員の中には自分でも小説を書いている子もいるし、お互いに読み合って感想を言い合ったりもする。その辺りの文芸部っぽいことも一応はする。
ただまあ、生徒全員が何かの部活へ参加しなければならない学校には、こういった緩い活動しかしないのもあって当然。こんな風に大した活動もしない読書部でさえ、幽霊部員だっている。その内の一人が千尋なんだけれども……。
二人並んでの下校中に、有希がハッと思い出したように言ってくる。
「ねえ、明日の部活は千尋も参加してよ。図書委員から棚移動の手伝いを頼まれたんだけど、火曜はいつも参加する子が少ないんだよね」
「ああ、うん、いいけど……」
別に予定は無いしと頷き返しながら、なんだかんだとちゃんと副部長っぽくなっている親友のことを眩し気に見る。確か、入部した当時は有希も千尋と一緒で幽霊部員のようなものだったはずだ。それが一学期で3年生が引退した後、たった5人しかいない2年生で次の部長と副部長の選出を行った。部長には隣のクラスの長澤大翔が立候補してくれたけれど、副部長には誰もなりたがらなかった。で、公平性を優先して、あみだくじで決めようということになったのだ。
「うがぁぁっ?!」
という、女子にあるまじき声を発して副部長の座を引き当ててしまった有希は、しばらくは図書室の床にしゃがみ込んで動かなかった。「副部長なんて、することはほとんどないし」という長澤の慰めの言葉にも「私、そこまで本が好きな訳じゃないのに……」と、読書部部員にあるまじき台詞を吐いていた。
そもそも有希がこの部活を選んだ理由は、図書室の窓からグラウンドがよく見えるから。運動はしたくないし、先輩が怖く無さそうという基準で、ギリギリまで茶道部とどちらにするかを悩んでいたが、決定打は窓からの眺めだった。
走り幅跳び用の砂場がちょうど真下にあり、窓から見下ろした先は陸上部の練習場所がある。部活の見学に来た時、有希はそれにいち早く気付いたらしい。
だから、部活なんて適当に参加するつもりでいたはずが、今や図書委員会と連携までして活動するようになったことは驚きだ。
「読書部のお勧め本コーナーを作って欲しいって言ったのは、こっちだからね。棚移動くらい手伝わないと……」
「最初は何を展示する予定なの?」
「こないだのビブリオバトルで出て来たのを、ポップ付けて並べるとかかな。ほら、本屋さんでもよくあるやつみたいな」
部員数確保の為に少しでも部のことをアピールしたいのだという。周りからはいつも図書室にいる集団くらいしか思われていない上に、部員数減少で年内での廃部の噂まで出ているのだから必死だ。
「もし今廃部になったら、私ら3年になってから他へ入り直して、また新入部員しなきゃいけないんだよ?」
「え、でも顧問からは何も言われてないんでしょう? ただの噂じゃないの?」
「どっちにしても、部員数が少ないのは本当だし」
千尋も何か良い案を出してよ、と有希が渋い顔を向けて来る。確かに、自分達の代で廃部なんてなれば、あまり良い気分じゃない。