会議が定刻通り終わり、それから再び集まった深夜二時。僕と上原と東堂は、歌舞伎町の『多田組』がケツ持ちしているキャバクラで豪遊していた。
普通、水商売の店は入店時に年齢確認が求められるが、『多田組』の組員だと言ったら、そんなのは関係なしに通してくれた。
そして、左右に可憐な女性をはべらせ、酒を飲むこの時間。僕は普段味わえない独特の浮かれた雰囲気を感じていた。
僕の左に座る女性は南愛華と言った。金髪ロングで、店のナンバーワン嬢だ。鼻筋が通っていて、慈しむような涙袋。大きく開かれた瞳。まるで機械人形のように人間らしさがない女性だった。
東堂が大分と酔ってきて、くだらない下ネタを口にしひとりでに笑っている。キャバ嬢の顔が引き攣り、あははと愛想笑いを見せている。
「随分とお若いんですね」
南が僕に視線を投げてくる。僕はどう答えたらいいものかと少し悩んで、正直に「はい。まだ十六です」と言った。
「え、その歳でこの職業を?」
「いろいろありまして……」
南が僕の手にそっと自身の手を重ねる。
「教えてくれませんか?」
南の一つ一つのしぐさが艶めかしく思えて、ドキリとする。年上の女性にこうも言い寄られたことなどないから。
「身内を殺すと脅されて仕方なく……この世界に入ったんですよ」
ごめんなさい辛気臭い話で、と言うと南は、
「苦労されているんですね」
と温かい笑顔を見せた。それが僕にはどこか特別さを感じられて、でもキャバ嬢の笑顔なんて誰にも見せる作り笑いでしかないとわかっているのに、心をくすぐられた。
東堂の呂律も怪しくなってきたので、帰ることにした。席を立つとき南が「このあとアフターに行きませんか」と微笑んできた。
特に用事は無かったので頷いた。アフターがどういうものかわからないが、きっと飲食店とかで会話をすることだろう。
それから四時、営業終了後店を出て、酔った東堂と共にタクシーに乗り込んだ上原は、僕に「明日からがんばれよ」と言った。明日、僕は重要な仕事がある。それを鼓舞してくれているのだろう。ありがたく、礼を言っておく。
タクシーを見送ってから、数十分後。店の裏口から私服姿の南が現れた。「お待たせ」
僕と南は繁華街を歩く。いたるところにあるネオンサインは夜の街を照らし、そこにいる人々を淫靡なものに見せる。
「普通はこんなこと聞かないんですけど、小野さんって彼女いるんですか?」
やけに普通ってところを強調してくるな。特別感の演出はキャバ嬢のマニュアルにでも載っているのか。
まあ、彼女と言われて夏木の名前を出すのは嫌だ。だからこう答えた——。
「いませんよ。前はいたんですけどね。すごくかわいくてでも脆く儚い子なんです」
「別れた今でも、その人のことが忘れられないんですか」
忘れられるわけがない。ヤクザになってから、僕は彼女のことをずっと想ってきた。シノギを上げられなくて兄貴から怒鳴られた時も、孤独の夜で絶えず先の見えない未来に絶望していた時も、ずっと想像の世界では江美の姿があった。
「忘れられません。忘れないと、駄目なんですけどね」
過去に未練を残していても先へは進めない。すると南が腕に抱きついてきた。南の胸が当たり、主張してくる。
「じゃあ今夜、私が忘れさせますよ」
目の前にいつの間にかラブホテルがあった。僕は昂揚を感じながらも、
「すみません。僕には……」
すると、すっと南が腕を離し僕の背中を叩いた。「冗談ですよ。冗談。かわいい年下をからかいたくなったんですよ」
また笑顔を見せたが、それは営業スマイルなんかではなく、彼女の陽気な性格を露わしているかのようだった。
「ほんと、純粋だな十六歳。私、その頃に戻りたいよ」
「僕は早く大人になりたいですけどね」
そんな話をしているうちに二十四時間営業のカラオケ店に着いた。「ここでアフターしよっか。酔いが覚めるよ」
キャバクラで、東堂から無理に酒を多く飲まされていた僕にはそれがありがたかった。もしかしたら南は気遣ってくれたのかもしれない。
店に入り受付を済まして部屋に入る。すると楽しげにデンモクを触り始めた南は、「私、高校の頃、軽音楽部でボーカルやってたんだ。すごく歌うまいからびっくりするよ」
自分で歌うまいっていう奴は大したことないんだよな。と思っていると、恋愛ソングのイントロが流れ出した。
南が歌い出すと、体が震えた。南の歌唱力は少し聴いただけでもわかるほど卓越していた。なめらかな歌声、細かな音楽技法。圧巻してしまう。
曲が終わり、南が笑いかけてくる。「どうだった?」
「確かに、すごくうまかった」
「でしょ」
それから互いに何曲か歌い終わって、デンモクを操作している傍ら会話をしていた。
「私ね、四つ年下の弟がいるんだけど、生粋の不良でね。どこかの暴走族に所属しているみたいなんだけど。そこでも喧嘩ばっかり。どうして男って皆、喧嘩好きなんだろう」
「僕は嫌いですよ。暴力」
「じゃあ今の職業、やってて辛くない?」
「正直言うと辛いです。でも身内を守るために仕方なく」
「そっか……。私の弟に小野さんのすごさ、教えてやりたいよ。一度ね弟が血だらけで帰ってきた時はびっくりしてさ——」
弟のことを語る南の顔は、まるで愛情に包まれていた。そして不思議とどうしてか北川と南の雰囲気が似ているなと思った。どことなくそんな面影があるような。