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第13話 思い出。

 会議が終わり、僕は上原と一緒にマックへ向かっていた。

 車内では互いに話さなかった。久しぶりの再会で、発すべき言葉をわかりかねていたから。


 僕の車を上原が運転していた。聴きなじみのある曲を流すラジオを垂れ流しながらマックの駐車所に車を停め、外に出る。それから店内に入り、僕はビックマックのセットを。上原はベーコンレタスバーガーのセットを注文した。それを手に取って、席に着く。上原がナゲットをつまみながら、

「で、相原を見殺しにしたんだって? 大友さんから聞いたぞ」


 と言ってきた。全身を緊張が電流のように走った。なんと言うべきか考えあぐねていると、

「そんな不安がるな。別にお前を責めようってことじゃない。あれは仕方がなかった。相原もヤクザになるって決めた時点で覚悟してただろうさ」

「そうですかね……」

 上原は、あいつはいい男だったと感慨深げに呟いた。

 僕は、初めて相原と出会った時のことを思い出した。今でも忘れられない、僕の運命を変えた出会いを——。


 二〇〇九年六月三日。夏の暑さが如実に露われ初めていた頃。

 僕は数十人の男たちに囲まれていた。どいつも柄が悪くて、自信たっぷりに僕を威圧してくる。

「お前か、高木の連中をノシた奴は」

高木って誰だかわからないが、どうせ過去に喧嘩して倒した奴の名前だろう。

「高木と俺は親友でな。高木の面子がつぶれたことが許せない。だからお前には痛い目に合ってもらうぞ」


 不良の常套句。面子。どいつもこいつも自分の評価を気にしている。それは不良という世界では、個人は舐められたら最後だからだ。だから弱い奴ほどつるんで群れで行動し、虚勢を張りたがる。

「じゃあかかってこいよ」

 とにかくわずらわしくてそう言った。それからものの数十分で不良グループを殲滅した。

 弱かった、退屈だった。そんな思いしか抱かない。もう喧嘩なんて飽きた。

 すると裏通りのこの道を、一台のバイクが通りかかり僕の前で止まった。そのバイクに乗っている男が、呻いて地面に倒れている不良たちと、僕を見比べて驚いていた。「こいつら全員お前が倒したのか」

 僕はズボンから煙草を取り出した。口にくわえて火を点ける。

「だからなんだ。というかお前は誰だ」

 男はバイクを雄々しくふかし、勝ち気に言った。

「俺は『赤城』の相原だ」

『赤城』その名前を聞いて、自分の内なる感情が呼び起こされ高ぶったのを感じた。なぜ、僕は興奮しているんだ。その疑問が脳内をひしめく。


「お前、見込みあるな。どうだ。うちに来ないか」

「いや、僕は喧嘩が嫌いなんだ」

 相手を痛めつけることに強い嫌悪と抵抗感を覚える。それでも、いやだからこそ僕は喧嘩に夢中になった。これは一種の自傷行為。自分に置かれた環境からの逃避であるし、絶え間なく感じるストレスを和らげる意味での、自傷行為。

 相原は高笑いした。それでこの有様か、と。

「ますます気に入った。後ろに乗れ。仲間に会わせてやる」

 嫌々としながら後ろに跨った。

 この日の夜から全てが始まり、全てが終わったように思える。


「北川は元気にしているのか」

 上原が美味そうにバーガーにかぶりついた。僕もならって、ビックマックをかぶりつく。レタスのしんなりさと重厚なパティに舌鼓を打つ。

「この前も会いましたよ」

「あいつは、はねっかえりだし、それに総長の器があるのか疑問を持っていたんだが、今のところ順調みたいだな」

 上原と相原の出会いは二年前。相原が総長を務めていた時だった。


 二〇一〇年、『日光』が『赤城』に抗争を仕掛けてくるのではないか、という噂が流れた。それにいきり立ったのは北川で、しかし相原は無行動を貫いた。

 なぜなら当時の『赤城』には、“喧嘩禁止令”という伝言令が敷かれていたからだ。それに反発心を抱いていたのが北川などの喧嘩野郎だった。

 北川は『日光』との抗争を利用して、相原を総長の玉座から引きずり降ろそうとした。

『日光』に、かき集めた喧嘩野郎共を衝突させたのだが、その目論見はすぐに瓦解した。一気に状況は劣勢に追い込まれ、指揮を取っていた北川の晒しリンチが始まった。その光景を無言で見ていた相原は、その後上原に土下座し、この不始末を許してほしいと懇願したのだ。上原はその男気に感服し、暴走族を引きつれて去っていった。そしてぼろぼろの北川に向けて相原は責めるわけでもなくただ一言、『俺がここをやめたら総長をやってくれ』と言い放った。それがきっかけで北川は相原を師匠のように慕い、そして総長になったし、抗争の一件で『日光』が『赤城』の傘下に入った。


 上原は昔を懐かしむような表情から一変、真剣な顔になり、

「なあ、お前本気なのか。総長の孫を今回の作戦に使うって。もしその孫に何かあれば破門じゃすまないぞ。風俗嬢を使うのでは駄目なのか」

「誰もこんな危険なことの片棒なんて担ぎたくないですから風俗嬢は嫌がるでしょうね。たとえどんだけ金を積もうが。だから僕の恋人を使うんです」


 上原は馬鹿げてると呟き、「やめといたほうがいい。こんな世界だ。どんな因縁付けられるかわかったもんじゃない」

 そんなの承知の上だ。だが、総長と夏木の関係を知っているから立場が悪くなることはないと踏んだのだ。

 ——総長と夏木の関係は複雑だ。夏木から聞いた話によると、総長と家で会話をほとんどしないし、総長は夏木に特に興味はないそうだ。もし夏木が今回で怪我なんかしても放任するだろう。そう予想していた。

 だからもう一度、大丈夫ですと言った。上原はそれを聞いてもまだ不満がる様子を見せたが口をつぐんだ。


  5


 二日後。一二月二十八日。年末となっても夜の繁華街に佇む店の中は、騒がしかったホスト店『ⅤELLIT』の店内で、若い女性ともはや軽薄という言葉が服を着て歩いているような男たちが多くひしめいていた。女性を口車に乗せて、酒を注文させる。ホストは歩合制だから飲ませれば飲ませるほど財布が潤う。やれ、ホストは女を食い物にする商売とはよく言ったものだ、と夏木は思っていた。


 夏木の隣に座る、金髪の胸元がはだけて金色のネックレスが主張しているのが見える、そんなホストと共に談笑しながら酒を飲んでいた。

 グラスが空になると酒を傾けて、飲酒の回転率を上げさせる。酒がなくなるとさらに饒舌になる。もう一回注文してね今度は高い酒で、と。それに呆れながら夏木はドンペリやシャンパンを注文する。

 今回、夏木がしなくてはならないことはこの店のバックヤードにいる護衛の人数を聞き出し、それを健二に報告すること。その情報を基に健二は作戦の最終準備をし、店の襲撃に移る。

 さて、どうしたものか。横の男から情報を聞き出すには、環境が悪い。周囲の目が多すぎるのだ。

 だが、それでも実行しなくてはならない。夏木はジーパンからポケットナイフを取り出し、それを男の首元にあてた。「声を出すな」と咎める。

「裏にいる『滝川会』の奴らの数を教えて」

 男は睨みつけながらも口を割ろうとしない。それに苛立って少し首を切りつける。血がしたたり落ちる。

「五人だ」


 夏木はすぐに携帯でメールを送った。が、その時出来た隙を男は逃さなかった。ナイフが握られている手を掴み、夏木の肩を押さえてそこから伸びる腕を曲げさせてきめる。夏木は関節技に呻いてナイフを落とした。

「誰か来てくれ」

 男が叫ぶと、周囲が騒然となった。二人のボーイが慌てて来て夏木を拘束したうえで立たせた。男の指示のもとスタッフルームにつれていく。部屋に入れられるなり床に投げ出された。夏木は軽く頭を打つ。痛みに悶絶しながらも部屋を見渡すと、男とボーイの他に、五人の黒ずくめの男たちがいた。『滝川会』の連中だ。


 男は傷付けられた首をさすりながら、「この女、全員でたらいまわしにするぞ」と興奮して言った。

 夏木の全身を恐怖心が走り回る。もしかしたらここで殺されるかもしれない、そんな予感。男は夏木の全身を舐めまわすように見て、にやついた。


 休憩だろう赤髪のホストが部屋に入ってくるなり、状況を男から聞き出した。下品な笑いを見せた。

「最近たまってたんですよ」

 夏木は立ち上がって、この部屋から逃げ出そうとするが、それを男に阻止されて腹部を殴られる。また地面に転がる。夏木に男は馬乗りになりシャツをぬがそうとし始める――。


 ガラス瓶の割れる音と、女性の絶叫が聞こえた。男は顔を顰めた。ボーイがホールを確認しに行く。数分後、そのボーイが血相変えた顔で黒ずくめに、

「襲撃です。多分組関係の奴らかと」

 男は夏木の顔を凝視して、「こいつ、もしかしてその組連中の仲間かもしれねぇな」と毒づいた。苛立ったのか、夏木の顔面を数発殴った。

 黒ずくめが慌ててホールへ向かう。怒号が響く。それでも、ボーイが慌てて黒ずくめでは埒があかないとわめき立てた。男は舌打ちし立ち上がった。部屋から飛び出る。


 夏木の体が震えていた。絶え間ない暴力の気配、そのどれもに畏怖していた。

 数十分後、健二がこの部屋に額に汗を浮かべて現れた。夏木の乱れた服と殴られた痕を見て驚いていた。

「夏木、大丈夫か」

「これが大丈夫に見える?」

 健二は夏木の服を正してやる。すると夏木はこの時、健二に愛されたいと思った。このすくみ上るような感情から逃れるために、健二に求められたいと。

「ねえ、がんばったんだし。ご褒美貰ってもいいよね」

「……」

「抱きしめてよ」

 健二は恐る恐るといった様子で夏木を抱擁した。夏木はそのぬくもりが感じられる人肌にすがりよっていた。


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