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夏休み明け。学校では生徒が陽気に過ごしていて、そしていたるところで噂を流していた。
「夏木が小野健二と付き合ったんだって」
「ほんとかよ。でも小野って学校やめたんじゃなかったっけ」
「話によると小野は暴力団に入ったらしい」
「やばすぎるだろ」
好き勝手に口走る会話。私は聞いていられなくて、現実逃避するように耳にイヤホンを差し歌手の旋律を聴き始めた。心地よいリズムが私を草原につれて行ってくれるが、そこでも私の胸のどよめきは収まらなかった。夏木と健二が交際? やはり健二は暴力団に入った? どれも信じがたい事実で、絶えず流出する疑問符を誰も解消してくれないことに、勝手に苛立った。
それから悶々とした日々が過ぎた。彼は今頃何をしているだろうと妄想し、その虚像の中では彼は幸せだったがふと我に返る。そんな都合のいい人生なんてない。暴力団では彼は下っ端としてぼろ雑巾のように使われているのだろう。
冬休みが終わり、その後春休みが始まり、それも過ぎて四月となった。
ある日、北川から電話があった。要件は次の日の深夜、代々木公園に来てほしいとのことだった。なぜその場所なのか訊くと、そこが『赤城』の集会場だからだ、と言った。
日本最大の暴走族なんだから、構成員から金を徴収して集会なんかも高級バーとかでやればいいのに。わざわざ多くのメンバーを集める必要もないし、幹部会議だけでいいんじゃないか。なんて連想しながら、深夜の代々木公園へと向かっていた。
代々木公園への入り口に、無数のバイクが連なっていた。どれもいかつい改造車で自己主張が激しかった。
公園の中央でたむろしている三十人ぐらいの若者の集団。その中にいた北川が私を見つけるとこっちこっちと手を振った。
——私は目を見開いた。集団の中に私が半年間、その存在を追い求めていた人物がいだ。私は無我夢中で走り、彼に飛びついた。
「健二君。ひどいですよ」
「ごめんね。それと、久しぶり」
健二の姿は見違えるほどに変わっていた。まず雰囲気が、かつての柔和さが消え、硬く威圧的なものになっている。顔や体のいたるところに痣や走り傷、そして腕には花の刺青が施されていた。暴力の世界で彼が奮起し、常に闘っていたことがわかる姿だった。
「少し、話をしよっか」
近くのベンチに並んで腰掛け、星空を見た。かすかに明滅する星を、この瞬間だけは確認したくて——きっとそれは久しぶりに会った健二への照れがあったから——目を凝らした。
それから空が白みを帯びるまで他愛のない話をした。この瞬間が、幸福だった。
そして私は名残惜しかったが、彼と別れることにした。立ち上がり、さよならを告げる。すると彼は強く私の腕を引っ張り——バランスを崩し彼と近くなった顔に、彼は慣れたように口付けをした。ほのかな煙草の香り。そのどれもが、私にとって美しい行為に思えた。
時は過ぎて二週間後。私はとある夕方の報道番組を見ていた。すると、キャスターが速報のニュースを伝え始める。その内容に私は絶句した。
指定暴力団『多田組』の未成年構成員が、他暴力団事務所の若頭を殺害したと。その未成年はすでに逮捕され、今も警察は捜査を進めている。
私はまさかと思い、北川に連絡を取った。慌てた私の声に、対して北川は冷静に「そうだ。人を殺して捕まったのは健二だ」と言った。なんで、どうしてと、とりとめもない感情が胸を支配するのを感じながらその場に崩れた。
◇◇
「健二は、五年以上は出られないだろうな」
私が海を見たいといったので、バイクでつれて行ってくれた神奈川の白浜港。白波が波打ち、潮の香りを感じながら私は、力の入らない声でそうなんですかと呟いた。
北川は缶ジュースを飲んで、「甘ったるいな」と言って、
「あいつは、お前を守るために暴力団に入った。そこでの壮絶な仕事は健二から聞かされてる。……俺が言えることは一つだな。あいつはお前のために体張ったんだから、お前もがんばれよ。がんばって夢叶えろ」
「私に……出来ますかね」
「出来る出来ないじゃねー、やるんだよ」
北川の強い口調に体が緊張した。北川は本気だ。本気で健二のために何か報いることは出来ないかと考えて、私に手を差し伸べているのだ。だから、私も決意することにした。夢を叶えて歌手になって、彼が刑務所から出てくる頃には、胸を張って生きられるようになりたいと。それが、あのとき死を止めてくれた彼に出来る唯一の恩返し、なのだろうから。