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第7話 魔導具の不思議


 わたしの朝は「ネコ〜〜〜〜」と頬ずりされ、鬱陶うっとうしく暑苦しい愛に苦しめられてから始まる。

 そして大事に抱えられながら食堂へ行き、朝食の時間となるのだ。


「ネコ〜、あなたのシモベが朝の食事を持ってきましたよ〜」


 また名乗っているし。

 もしかしたらこの国では、猫に餌をあげる時に名乗らなければいけないのかもしれない。ヴェルニア王国、不思議な国だ。

 それにしたって、わざわざ領主様自らが猫の餌を持ってこなくてもいいと思うのよ。


 がらんとした食堂の中央に鎮座する、粗末なテーブル。わたしはその上にのせられて、しまりのない顔でお皿を置くシモベ様を見上げた。

 その後ろで仕事を取り上げられたという雰囲気のメイド二人組が佇んでいる。


「わたしもネコちゃんに食事持っていきたかった……」

「猫様は今日もかわいらしいですね!」

「さぁさぁ、だんな様もお食事をなさってください。今朝も早くから職人たちが来ますからね」

「では、いただこうか」

「ニャー(恵みに感謝を)」


 陶器の小鉢ボウルに、小さくしたものがいろいろ入っている。

 今日はささみと甘イモにチーズをかけて焼いたものらしい。焼いたチーズの香りがたまらない。

 真っ先にかぶりついたのは、ささみ。白くてつやっと輝いている。

 ん! このささみは怪鳥”海鳴鳥”では?

 ふっくらとした身は魔力たっぷりで美味しい! 全然ぱさぱさしてないの。

 とろりとかかった山羊乳のチーズはほんの少しだけ塩を感じる。これ北峰の岩塩じゃない? 研ぎ澄まされた高級な魔力を感じる。素晴らしいよ。

 そして山羊乳チーズのクセが、ささみに味の変化をつけていいよねぇ。熱くしてとろっとしたチーズ大好き。もうそんなに熱くないから、どんどんいけちゃう。

 もちろんほっくりとした甘イモは最高なのよ。ほんのり甘くて、チーズがちょっと付いたところは甘くて塩味もあって、いくらでもいける!


 美味美味と食べていると、お皿にささみとイモが投入された。

 おかわりまであるの!

 シモベ魔法伯のお屋敷の朝は豪華で美味しくて魔力たっぷりですごい。

 聖女の朝食はお粥だったからなぁ。あれはあれでいいけど。

 魔力たっぷりの食事は魔力の成長にもいい。育ち盛りの体には大事なものなのよ。


 お皿から顔を上げると、シモベ様がフォークを引き上げるところだった。

 あれ、もしかしてこのおかわりは、シモベ様の朝食なのでは。


「ネコは小さいから、たくさん食べなさいね。こっちのチーズは塩が強いからだめだけどな」


 シモベ様もお仕事あるんだからちゃんと食べた方がいいよ。と言いたいところだけど、もう小鉢に入れられてしまったものね。

 ありがたくいただきます。


「ニャー」

「ネコがかわい過ぎる……。もう今日は仕事できない……。ネコをずっと見てる」

「ネコちゃん、毛玉ちゃん……ふわふわきゃわいい……きゃわわ……」

「猫様は本当にかわいいですね」

「だんな様、口も動かしてくださいませ。それとも、わたくしめが食べさせないとなりませんか?」

「い、いや、大丈夫だ、自分で食べられるぞ」


 向かいで慌ててナイフとフォークを動かすシモベ様を、わたしは生暖かい目で見やった。



 ◇



 内装と調度品の製作が始まった。

 領内のあちこちの工房が、場所単位や工程単位で関わるのだとか。

 シモベ様の希望通りだ。

 そういうわけで、人の出入りが増えて屋敷の中はばたばたしていた。

 わたしは迷い出てしまわないようにと、カゴの中に入れられてシモベ様に抱えられている。(時々セバスさん)


 いや、そんなに厳重に見張らなくても外に出ませんよ。

 いろいろと気にはなるけれども、外界は恐ろしい。出たら死ぬ。

 あの襲いかかってきた黒い翼の生き物がいるような場所、うかつに歩けないよ。

 ——って、そうだ。魔法が使えるんだった。

 猫になっても魔法は使えた。ただちょっとこの体の魔力操作に慣れてないんだよね。

 魔力操作、得意だったんだけどなぁ。

 体の動きもぎこちないし、もう少し大きくなるまでは申し訳ないけど、シモベ魔法伯様のお世話になるしかない。

 恩返しもできるかもしれないし、早く大きくなりたいところだよ。




 執務室には職人が十数人ひしめいている。

 担当の工房が総出で来たのかな。

 そんな中、見習いらしき少年たちが部屋の長さを測るらしい。

 十代の半ばにもいってなさそうな、痩せてひょろりとした少年が魔導具を床に置いた。

 そして手をあてて魔力を通し、起動させた。


 ——ん? 何あれ?


 魔導具の上部から発せられた細い光が、天井まで伸びた。

 それ自体は別におかしなことじゃない。そういうことができる魔導具は作れるだろう。

 わたしが二度見したのは、魔導具を起動させたのに魔力の揺らぎが感じられなかったから。


 いや、まったくなかったわけではなかった。クリスタル結晶板が立ち上がる魔力はふわっと感じた。それと魔法図の魔法の展開は違う。

 たとえ魔導具の魔法であろうと、使われたなら魔力が動く。

 それを感じなかったということは、魔法が使われなかったということ。

 でも魔導具からの光は出ている。

 どういうこと?

 わたしの疑問をよそに、起動させた少年は首をかしげた。


「あれ? 水平取れてねぇな……」

「フレス、測れたか?」

「いや、ここ床が傾いてる」

「ええ? こんな立派なお屋敷の床が傾いているなんてあるかよ」

「でもほらピエール、測光が傾いているだろ?」

「わかんねぇよ。気のせいじゃねぇの?」


 少年たちがごちゃごちゃしていると、ヒゲもじゃの職人が気づいた。


「どうした? 測量具が動かないか? 魔石切れか?」

「床が傾いていてちゃんと測れないんだよ

「だからフレスってば! 客の前で失礼なこと言うなよ!」


 ピエールという少年は少し年上らしい。フレスというひょろりとした少年をとがめた。偉い人に怒られるのではと、心配しているらしい。

 ヒゲもじゃ職人はあごに手をあててうなずいた。


「気になるなら二カ所測ってみろ」


 少年はもう一度、魔導具を起動した。

 また光が天井へ伸びる。

 床の魔導具を見ながら、フレスと呼ばれている少年がたどたどしく読み上げた。


「ええと……2……1……」

「2163だろ」

「……あとこっちが……21……5……5だ」

「お、フレスの見立てが正しいみたいだな。床が傾いているというか、床板がすり減ってるんだろ。もう数カ所測って一番少ない数を書いておけ——親方、床板も変えた方がいいかもしれねぇぞ」


 大人たちは床をどうしようかという話をしだし、少年たちはまた測量に戻った。

 ふむ。さっき、ヒゲもじゃ職人が魔石切れって言っていた。

 あの魔導具は魔法ではなく、魔石で動いているらしい。

 魔法を使わずに光を出すということは、光魔石を使っている?

 光魔石は他の魔石より少ないから高価だよね。ヴェルニア王国では結構見つかるのかな。


 わたしだったら空間魔法で測るんだけどな。

 魔導具は専門外。だから魔法院でちょっと仕組みを習い、友人が作っているところを見ていた程度。

 でも、この魔導具を作るなら、空間魔法の魔法図を魔銀に転写して中に入れるとかかな。と考える程度の知識はあった。それならたいした魔力は使わないから、無属性魔石や魔核の小さいかけらでいいし。

 ヴェルニア王国の魔導具は、キンザーヌのものとはずいぶん違うんだなぁ。


 そして、あのフレスという少年。

 光の線の少しのずれに気づいた。

 彼は空間を見る力に秀でてそうだよ。

 木工家具職人もその力が役に立つだろうけど、空間に魔法図を描く魔法師に向いていそうだななんて思った。



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