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第6話 領主の品格


 やってきた商工ギルドの人はギルド長だと名乗った。

 緊張した様子でシモベ様と向かい合って立っている。

 この執務室、椅子が書き物机の前にある一脚しかないからね。打ち合わせが立ち話。

 ギルド長は時々、ちらちらとシモベ様の抱えた場違いなものに目をやっている。

 うん、カゴの中に納まっているわたしだ。

 微妙な空気の中、まったく気にしていない我らが領主シモベ様は言葉を発した。


「屋敷の中の内装を全部頼みたいと思っている。ひとまずこの部屋の内装から頼めるか」


 長身でがっしりとした壮年のギルド長は、部屋を見回してひとつうなずいた。


「承りますが……元々置いてあった調度品を買い戻されなくてよろしいですか? 前領主様は王都のダステッド商会に売られておりましたが」

「王都の大商会であれば大量に買うこともできたのだろうな。家財がほとんど残っていなくて驚いたものだよ。前の領主殿は苦労したねぇ」

「ええ、度重なる魔物の襲来で町の補修や怪我人の薬などにかかるお金を、前ご領主さまは私財から出されていたようですね」

「ご立派だが、領地を維持できなくなるほど困窮するのは、やりすぎではないだろうか」

「そうですね……領主様として素晴らしい、民を思う心をお持ちでした。しかし……領地経営という視点からですと……」

「その二つはどちらか片方ということではなく、複雑に絡みついたものだからね。何ごともほどほどがいいものだよ」

「まったくもってそのとおりでございますね」


 世襲ではなさそうだと思っていたけど、シモベ様がここに来ることになった理由がわかった。

 前の領主が領地を売ったか国に返したかをして、次に領主になったのがシモベ様だということだ。


 私財を投げ打って領地に尽くすなんて、聞いただけなら素晴らしいことだ。でも領地を維持できなくなるほどはだめだろう。

 次に来る領主がひどかったらどうするのか。重税をいるなど理不尽なことをする可能性は十分ある。

 それなら本当にほどほどがいいよ。

 でもほどほどっていうのは、実は大変むずかしい。両天秤に乗せるものをきちんと見極めて、上手く乗せるということだもの。


「——せっかくだから、この地域の自慢の名産品や工芸品を取り入れてもらいたいのだ」

「ですが、魔物との戦いに活躍され領地を与えられた魔法伯様であれば、このような田舎のものでなく、王都の一級品で館を埋め尽くすこともできますでしょうに」

「王都の一級品じゃなくていいんだ。あ、もしや工芸などをやっている工房がないのか? それなら仕方がないから他から呼ぼう。このあたりは森があるから、大工や木工細工師がいるかと思ったんだがな」

「いえ! おります! このあたりの森で採れるフレネリコ材は質が良く、工房もいくつかありますし、職人たちは日々腕を磨いております」


食い気味に言ったギルド長に、シモベ様はははっと笑った。


「そうか。それは楽しみだな。どのような調度品が必要かはうちの家令と打ち合わせてくれ。あと、なるべく多くの工房に声をかけてもらいたい。屋敷は広いから場所を区切ってそれぞれの工房に割り当ててもらおうか」

「えっ、そ、それだと風合いや細かい色味などがバラバラになり、お屋敷全体の調和がとれなくなるかもしれませんが……」

「バラバラで何が悪いんだ?」

「……お客様が来た時に見栄えがよくない、とかでしょうか……」

「私は気にしないぞ。領内のたくさんの職人に仕上げてもらった屋敷だと、自慢できるじゃないか」


 お偉い方の答えとしてなかなか型破りな言葉に、ギルド長は絶句した。

 それからシモベ様にキラキラとした目を向けた。

 わたしもびっくりして一瞬固まったよ。

 自由過ぎるシモベ様。でもそういうの悪くない。


「そうだなぁ……あとは職人を抱えていない商会から小物を仕入れれば、不公平感も減るか。そのあたりの必要な物の注文も——セバス頼む」

「かしこまりました、だんな様」

「ご領主様、いろいろとお気遣いありがとうございます。たくさんの工房を使っていただけるとのこと、かなりお代がかさむかと思いますが……ご領主様の財をそんなに使ってしまってよろしいのでしょうか……?」

「王都の一級品とやらも高価だろう。それなら領内で金を使った方がいい。大工や細工師にしっかり報酬が入れば、その食卓は豊かになるだろうな。食卓に上がるパンを作る者、野菜を作る者たちにも貨幣は回る。すると税も苦しくなく払えるようになるというわけだ。だからじゃんじゃん作ってくれ。なんせ報奨金がたっぷりあるからな」


 見上げればニカッと笑ったシモベ様がいた。

 この方は……。

 ただの魔法師上がりの魔法伯ではない。

 貴族か商家の出身か、平民だったとしてもちゃんとした学校で学んでいるのだろう。

 シモベ様はお金の生かし方を知っているのだ。

 前世のわたしがお護りしていた尊きお方の言葉がよみがえる。


 ”よいか、チカ。貨幣というものは人の間を渡りぐるりと回るのが役目だ。

 持っているだけで動かない貨幣は、死んでいると同じことなのだ”


 陛下はたかだか護衛役であるわたしに、いろいろなことを教えてくれた。

 魔法院に引き取られる前は、学のないただの町娘だった。そして、魔法院に引き取られてからも、魔法に関することしか勉強していなかった。

 だから大聖女となった時、世の中の一般的な知識は少ないままだったのだ。


 お金というのはただ物を買うためのものだと思っていて、それ以上のことは考えたことなどなかった。

 陛下のお言葉を聞き、その時はわかったような気がしていたけど——。

 今、これのことかと腑に落ちた。

 最後には税として領主のところに戻ってくる。

 お金が回るとはこういうことなのか。


 シモベ様を見直したよ。

 ただの猫好きが過ぎる、おかしな人かと思っていたもの。

 下からまじまじと見ていると、新任ご領主様はわたしの方を見てにこりと笑った。

 元々整った顔だと思っていたけど、なんだか凛々しく賢そうに見える。


「ところで、その質の良い木材でネコの寝床も作ってもらえるだろうか。あとはネコが遊べる台に、窓辺で暖が取れる椅子も作ってくれ。鼠の形をした玩具などもいいな。木工以外に織物業の方はどうだ? 肌触りのよい布などがあればネコ用にたくさん買い取ろう。牧羊はしていないのか? 毛織物でふわふわで暖かい毛布などがあればそれももらおうか。ふわふわといえば、ネコの毛がこれがまたふわ〜ふわ〜でな! ほら、うちのかわいいのは少し毛が長いだろう? その毛を保つためのブラシなどもほしいところだぞ」


 見直したのは撤回だ。

 やっぱりシモベ様はシモベ様だった。

 しまらない顔で長々と語り、わたしが入った持ち手付きのカゴを目線まで掲げて、ギルド長に見せた。それはそれはもう自慢気な顔で。

 商工ギルドの長は残念そうななんとも言えない顔で、わたしとシモベ様を交互に見ていた。


 心中お察しいたします。

 なんだか申し訳ないやら恥ずかしいやらで、わたしはふわふわの布の中へもぐりこんで、「ニャ……」と謝った。



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