シモベ様の執務室の机には、積まれた紙の他に本も数冊置いてあった。
「ニ!(本!)」
「——なんだ? おまえ目をカッと開いたな。何か気になるのか?」
「ニャ! ニャー!(本! 読みたいです!)」
「そうかそうか。そんなに俺といっしょになのがうれしいのか〜。かわいいやつめ〜」
「シャーッ!」
「怒ってもかわいいだけだぞ? いたずらしないなら机に乗っていてもいいけどな」
「ニャ」
いたずらなんてしませんよ。わたしただの猫じゃないんですから。
本の近くに下ろしてもらったので本を開こうとしたけど、うん。このもふもふの小さい前足で開けるわけがない。
ちょっと試してみようかとも思ったけれども、爪で本を痛めたらいけない。
祖国では本は大変貴重なものだった。他の国でもそれは変わらないことだろう。
本が好きなので諦めるよ。
仕方ないのでシモベ様の書類を読むことにした。
ヴェルニア語が書かれている。
これは魔獣が現れる地区の防衛計画書——かな?
魔物ではなく魔獣?
ところどころわからない単語がある。
元々ヴェルニア語が堪能だったわけじゃないからなぁ。
我が祖国のキンザン大帝国は広大な領地を誇る。帝国語ができれば困ることなんてないし。
そしてその帝国の中でも地方によって言葉は結構違った。
ヴェルニアでも地方によって少しずつ違いがあるだろう。
もしかしたらわからない言葉は専門用語なのかもしれないしね。
うーん、わたしこの国のこと、知らないことが多いんだなぁ。
眺めている書類に、シモベ様が何かを書き加えていく。
ああ、シモベ様の言葉はわかりやすいよ。字も読みやすいし。
さすがご領主様。
さらさらと書かれていく文字の上で動く羽根ペン。
細かく揺れて、ちらちらちらちら、なんというかこう——。
「ニャッ!」
「こら、ネコ。羽根にじゃれついてはだめだぞ〜」
だって! ちらちらするから!
——って、わたし今、猫みたいなことをしていた!
信じられない!
わたし、本当に猫みたいだった!
だって羽根がちらちらするから……ちらちらちらちら……。
「ニャニャッ!」
「ははは。まったくネコはかわいいなぁ」
「————だんな様。ネコ様と遊んでお仕事の方が進んでいないようですが」
「わっ、セバスいたのか」
「おりました。このような状況でしたら、わたくしめがネコ様をお預かりするしかございませんが」
「いや! やっているぞ! 今、ネコが羽根にじゃれついて邪魔するから……」
「だんな様が羽根ペンを持って上下左右に動かしておりました」
「ちちちち違う! 今、たまたまだ! それまではちゃんとやっていたぞ!」
「さぁさぁ、ネコ様。向こうでわたくしと遊びましょうね」
「ニャー」
セバスさんに抱え上げられると、シモベ様がうるうるとした目でこちらを見上げた。
「ずるいぞ! セバスぅ〜〜〜〜!!」
「だんな様、この後町の商工ギルドの者が来ることをお忘れでしょうか。どのみち人の出入りがあるこの部屋には置いておけませんよ。目を離した隙に、またネコ様が外に出てしまうかもしれませんからね」
「あれ、来るの今日だったか」
「昨日も今朝も申し上げました」
「あ〜……、ああ、うん、聞いた。聞いていた。ちょっと忘れていただけだぞ」
あのシモベ様のうさんくさい笑顔は、すっかり忘れていたということに違いないよ。
それにしても、ギルドか。その存在は知っている。
たしか同じような職の者たちが互いに助け合う集まりとかだったような。
キンザーヌ大帝国にはなかったが、ヴェルニアではそういったものがあると聞いていた。
商工ギルドということは商売人と職人の集まりだよね。
なんの話をするんだろう。
「ニャーニャー(わたしもお話を聞きたいです)」
「ほら、ネコもここにいたいって言っている」
「言っておりません。さぁネコ様、行きましょうね」
「ニャニャーッ」
ここにいたいのです〜! 外に行かないしおとなしくしています、セバスさん!
「おや、ネコ様。本当にこちらにおりたいのですか」
「ほらな〜?」
「向こうにおやつがありますよ」
おやつ! って、いや! 流されません!
四つ足を突っ張って主張してみると、セバスさんはひとつうなずいた。
「ネコ様はおとなしくできますか? 外に飛び出したりしませんか?」
「ニャ!」
「返事は大変いいのですが……どうにも心配でございますね。わかりました。わたくしめも同席するといたしましょう。見ている者が増えれば安全でしょうし」
信用がないのか、大事にされ過ぎなのか、微妙なところです……。
でも出て行ったりしませんよ。わたし、いい子にできる猫ですから。
「それでは手さげのカゴを持って参りましょうね」
「よかったな、ネコ」
「ニャー」
話を聞かせてもらえることになったよ。このお屋敷以外の人と会うのって、初めて。
商工ギルドとどんな話し合いをするんだろう。
ここがどんな町かとか町の様子とか知れるかな。
まったく外がどんななのかわからないから、想像ばかりがふくらんでいく。
壁にかかっていた絵の街並みは、色鮮やかで素敵だったなぁ……。
わたしはふわふわした布が敷かれた持ち手付きのカゴの中に納まり、そわそわと来客を待ったのだった。