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第3話 猫は退屈に殺されない


 寝室に戻って、窓側の壁の正面にあるもうひとつの扉の向こうにも行ってみる。

 こちらは多分、居間なんだと思う

 やっぱりがらんとしていて、粗末なテーブルと椅子があるだけだった。寝室以上に何もない。


 もしかしたらシモベ氏は貧乏なのかもしれない。

 床で丸まってひと休みしながら、つらつらと考える。

 お屋敷は大きいみたいなのに、建物の大きさだけではわからないものだな。

 でも、それならお世話になるのが申し訳ない気もするよ……。


 ——……ん……。ちょっとだけ休むつもりだったけど、寝ちゃいそう……。

 うとうとしていると、扉が開いた音がした。


「ねぇ、今日からだんな様の寝室はそうじしなくていいって言われなかったっけ?」


「寝室じゃなくて私室よ。そうじしなくていいのは、あっちのいろいろ置いてある部屋の方でしょ」


「そうだった?」


「そうよ」


 入ってきたのはメイドのようだ。

 眠い目を無理やり開けると、若いメイドが二人見えた。

 赤い髪を肩のところで切り揃えた子と、栗色の髪を左右に三つ編みにしている子。ふたりとも十代後半といったところで、それぞれ掃除道具を手にしている。


 あまり覚えていないんだけど、うっすらとした記憶の中で三つ編みの子はシモベ氏に次ぐ猫大好き勢だった。ぎゅーっと抱きしめたりしないから全然問題ないけど。

 赤い髪の子も時々ポケットから出したチーズをくれたっけ。


「あら、ネコちゃん! カゴから出ちゃったでちゅか? お掃除するから、カゴにいてくだちゃいね」


 すかさず駆けよってしゃがみこんだのは栗色の髪の子だった。うしろにあった三つ編みが胸元に落ちている。

 その後ろから、笑っている声が聞こえた。


「もー、クラリス。そのしゃべり方、本当に気持ち悪い〜」

「気持ち悪くないでちゅよねぇ」

「ニャ」

「んぁ〜〜きゃわうい〜〜」


 クラリスと呼ばれた子に抱き上げられ、カゴの中に戻された。

 また出ればいいだけだからいいけど。

 ふわふわの布の上で丸まって、二人の様子を眺める。

 もう一人の赤髪のメイドは「猫かわいいよね」と言いながら窓を開けて掃除を始めた。


「ここのだんな様、素敵なのに猫が好きすぎない?」

「だんな様が素敵かどうかはしらないけど、猫好きなのは素敵でしょ。ネコちゃんはかわいいもの。こんなちっちゃい子と遊べるのなんて、ほんのわずかな間だけよ。まさに奇跡の時間。堪能しなくちゃ」

「でも……なかなか大きくならないわよね」

「そう言われてみれば、成長がゆっくりかもしれないわね」

「魔物傷を負うと魔物になって歳をとらないって聞くけど、まさか……」

「ケイティ! 何を言ってるの! ちゃんと大きくなってるから! 昨日から10ガーマも増えていたわよ!」

「いつの間に測ったのよ」

「今、持ってカゴに入れたじゃない」

「それでわかるの?! 変態なの?!」

「普通よ。だんな様だってできるもの」

「え、だんな様まで? 猫様に同情するわ」


 赤髪のケイティに同情されたよ。

 持っただけで重さがわかるって、どんな特殊能力なの。

 メイドのふたりは、わたしよりも少し下くらいの年に見えた。前世で死んだ時のわたしの年の話だけど。よく考えてみると、自分の享年を思い出すって不気味な話だな……。


 ああ、魔法院のみんなに会いたいな。

 わたしが帝都から出る時、泣いてくれた友たち。みな優秀な魔法師や聖女だった。いっしょに辺境へ行くと言ってくれた友もいた。

 このふたりのように、他愛のない話で笑い合える友が、またできたらいいのに。

 まぁ、猫だから無理か。近くで話を聞いているだけでもいいことにしよう。

 小鳥のさえずりを聞くように、ふたりのおしゃべりをうとうとしながら聞いていた。

 散歩で疲れていたわたしは、そのうちにぐっすりと寝てしまった。



 ◇



 目を覚ますと、部屋には誰もいなかった。

 窓から差し込む日差しはまだ高く、寝てからあまり時間が経っていないことを教えている。


 もう部屋の中は見て歩いたし、気になる箱だの棚だのもないの。

 こう何もないと飽きるよね。

 居間から廊下に繋がっている扉は開いてないし、出られる穴もない。


 ああ、情報がほしい。それに、本が読みたいな。冒険記とか幻想記とか魔法書とかないかな。外の景色も見たい————ってだめだ。外はだめ。危ない。

 でも、こんな退屈していたら、ついうっかり外に行きたくなっちゃうかもしれない。そしてまた死にかけるかもしれない。退屈は猫を殺す。


 って、いやいやいやいや。

 わたしったら何ふつうの猫のようなことしているのよ? 前世の大聖女の名がすたるというもの。


 そういえばさっき、カゴから出る時に空間魔法を使えていたよ。

 試しに気を巡らせてみれば————うん、上々。

 例え猫でも体内の気が巡り、魔力が満ちているのがわかる。


 ただ、魔力の量は少ないな。

 魔力は体内に溜める。だから体の大きい者ほど魔力を溜めておける場所が大きい。

 とはいっても、魔力を貯めておくことができる大きさと、その者が持つ魔力量は違うんだけど。

 たとえば大きい箱があったとして、中に入っているパンが大きいとは限らないし、大きくなるわけでもない。

 そして魔法院の一般的な魔法師ですら、魔法の威力から推測すると、体の半分の量も持っていなかったと思う。

 だからそこまで体の大きさを気にする必要はない。


 ただ、今のわたしの体は小さ過ぎるなぁ。

 ないものねだりしても仕方ないよね。小さいものは小さいし、ないものはないのだ。


 カゴの中から開いている上部を見上げる。

 さっきのように無意識ではなく、今度は意識してちょっとだけ魔力を込めて飛び跳ねた。

 一瞬、転移したのかと思うくらい、ピョーンと飛び上がった高さは想定以上だった。


「ミャァッ?!」


 そして、ぺしゃっと床に落ちた。

 ——ああ、びっくりした!

 魔法は使えた。この体全部にたっぷりと魔力があるのがわかる。しかも濃くよく練られて上等。

 ただ魔力操作にちょっと難ありだ。


 まぁ、なんとかなるよ。

 わたしは大聖女チカ——じゃなかった魔法猫チカ。

 こんな護りも何もない部屋から出るくらいは、朝食前のはず。

 さぁ、扉を開けてみようか。

 本当は細かい調節がしやすい指とか杖とかを使うのがいいんだけど、無理なので手のひら——じゃなくて前足ひら? を開いて前方に突き出す。

 そして慎重に大胆に「ニャッ!」と魔力を放出した。



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