夜を徹して愛馬グラントを走らせたことにより、近衛騎士団長ライラは翌朝王都に到着した。
(……ふむ?)
どうにも町の様子がおかしいなとライラは首をかしげた。住民に落ち着きがないというか、何かを恐れているというか……。
(またあのアホが何かをしたのか?)
僅かに警戒しながら王城へと進むライラ。
王城の正門に到着したところで、違和感が最大となる。――近衛騎士団長がやって来たというのに、門番が門を開けないのだ。
「どうした? 何かあったのか?」
「は、はっ! お通しするわけには参りません!」
ライラの実力を知っているのか門番は涙目だ。
「通せないとは、どういうことだ?」
「王太子殿下のご下命により、お通しすることはできませんっ!」
もはや鼻声、奥歯はガクガクと音を発し、膝も面白いくらいに震えている門番であった。
さすがのライラも、職務に忠実なだけの門番に対して「無礼者!」と斬りかかるようなマネはしない。
(しかし、王太子だと? 陛下は一体何をしておられるのだ?)
なんだか嫌な予感がするなぁ、とライラが眉をひそめていると、
「――はーはっはっ! 遅かったな『元』近衛騎士団長!」
門の上。有事の際には弓を射かける場所に立っていたのはアホ――いや、王太子であった。右隣には最近噂の男爵令嬢を侍らせていて、左隣に立っているのは……近衛騎士団の副騎士団長、フリオラであった。相変わらず、眼鏡の似合う知的美人だ。
「貴様はクビだ! 元近衛騎士団長!」
「あ、はぁ……。国王陛下はどうしたのですか?」
「父上はご病気となり、隠居された! 今は私が国王代理であり、近日中に正式な国王となる!」
「あ、はぁ……」
王城には最高練度の回復術士がいるし、『聖女候補』のアリスまでいるのだから、病気で引退など考えられないのだが……。どうやら
(陛下を軟禁するとすれば、別宮か? あるいは西の塔? このアホなら地下牢に入れてもおかしくはないか……?)
常識で考えれば別宮となるのだが、このアホはアホすぎて常識的な場所に軟禁していない可能性がある。
(そもそも、国王陛下は何をしておられるのか……)
アホが動く前に事態を収めることもできただろうに、大人しく軟禁されるとは……。急病で死去したと考える方がまだ納得できるというものだ。
と、ライラに
相手は王太子の隣に立つ、副団長フリオラだ。
(団長。ここは一旦引いていただけると)
(なに? どういうことだ?)
(まだ国王陛下の軟禁場所が特定できていません。さらに近衛騎士団は王城から閉め出され、王城内は第一騎士団が警備を担当しています)
(下手に動けば、このアホが国王陛下を害する可能性もあると?)
(はい。このアホですから、物理的に排除してもおかしくはないかと)
(う~む……)
どうしたものかとライラは悩む。
普段の彼女なら迷わず正面突破をするところ。
だが、今のライラはアークと一騎打ちしたり、そのあとシルシュと一騎打ちしたり、さらには徹夜で王都まで戻ってきたのだ。万全の状態とは言いがたい。
――さらに付け加えれば。
王太子の隣に立つ男爵令嬢、アリス。
ふわふわとした。キラキラとした。物語に出てくる『ヒロイン』のような見た目をしているのだが。
(……読めんなぁ)
身分が違いすぎる王太子たちを手玉に取りながら、驕った様子も見せず。聖女候補として偉ぶることもなく。かといって謙遜している感じもない。
はたして何を考えているのか。
どこまで彼女の手のひらの上なのか。
一体、どんな力を隠しているのか。
(あるいは、アリスが敵対したから国王陛下も大人しくしているのか? いや、さすがにないか?)
考えれば考えるほど、聖女候補アリスという『不確定』要素が危険に思えてくる。
(……フリオラの言うとおり、ここは一旦引いた方がいいな)
元勇者として、そして近衛騎士団長として鍛え上げた経験と勘に基づき、ライラはそう判断する。
ライラは改めて門上の王太子に視線を向けた。
「……退職金はいただけるのでしょうか?」
「卑しい人間め! しょせんはドラゴンの血を浴びたバケモノか! 討伐命令を下さないだけありがたく思え!」
「……はっ、承知いたしました。では、これにて」
(これはしょうがないな! アークの元に帰るとしよう! 国王陛下とフリオラなら上手いことやるだろう! いやーしょうがないな! 今の私には何もできないし!)
面倒くさいことを全て丸投げして、ライラは来た道を戻り始めたのだった。
そういうところだぞ。