え? お前さん喋れたの? なら最初から会話してくれればよかったじゃねぇか。
俺が心の中で突っ込むと、ドラゴンは呆れたように鼻を鳴らした。
『我は「勇者」に討伐されるような邪悪なドラゴンぞ? そんなドラゴンを救うなど……一体何のつもりだ?』
俺の心の内を見極めようとしているかのようなドラゴンの瞳。正直、初体験であれば不気味さに震え上がっていたかもしれない。
でもまぁ。うちにはさらっと心を読んでくるミラがいるんだよなぁ。つまりは一度経験済みだ。
「気にするな。俺が気になっただけだからな」
『……はぁ?』
本心からの善意であることを読み取ったのか、理解できないとばかりに顔をゆがめるドラゴンだった。ドラゴン(爬虫類?)って意外と表情豊かなのな。
「ケガ人――いや、ケガドラゴンか。ケガドラゴンを放って帰ったら夢見が悪いからな。俺の快適な睡眠のためだとでも思ってくれ」
『…………、……訳が分からぬ』
心底嫌そうな顔をして首を左右に振るドラゴンだった。なんというか、その風圧だけでこっちは倒れそうだ。
「あとは……そうだな。お前さんが悪いやつじゃないってことは
『――ほぅ? まさか、『運命』が視えるとでも?』
嫌そうな顔を一変させ、興味深そうに俺を覗き込んでくるドラゴン。
『――なるほど。しょせん人の子と思って鑑定もしなかったが……。よくよく見れば『世界の運命』を知る男か。そして、これは――なるほど、なるほど。なればこれも運命か』
くくくっと喉を鳴らしたドラゴンは、じぃっと俺の目を見つめてきた。
『おぬしの阿呆な言動はともかく、命を救われたのは事実か。ならば恩を返さなければなるまいよ』
「おう? そうか? 別に気にしなくてもいいぞ? こうなったのも何かの『縁』だろうからな」
『くくっ、欲のない男よ。我であれば永遠の命をくれてやれるし、金銀財宝を与えることもできる。おぬしが望むなら一国の主にしてやることも可能だぞ?』
「う~ん……」
一人で永遠の命をもらってもなぁ。喜びよりも孤独感の方が勝りそうだ。金銀財宝はちょっと魅力的だが……こういうのは欲を出すと破滅するというのが定番だよな。
あとは、一国の主? 無理無理。俺はそんな器じゃない。そもそもソッチ系のやる気があれば異母弟と侯爵家の跡取りの地位をめぐって争っているし。シャルロットが語る『シナリオ』の俺みたいにな。
だが、このドラゴンもプライドが高そうだからなぁ。「気にするな! じゃあまた!」と言ってすんなり帰してもらえるとも限らない。何かテキトーに、いい感じのお礼を……。
「お、そうだ。じゃあこの剣をもらおうかな。なんか高そうな剣だし」
『……欲があるのかないのか。俗物的というか満ち足るを知るというか。興味がないくせに最も価値があるものを選ぶか。――面白い男じゃな』
くくっと喉を鳴らしたドラゴンは、何かの呪文詠唱を始めた。
高速詠唱。
そのうえ、おそらくは人間とは異なる言語なのでどんな魔術を使うつもりなのかは分からない。
いや、そもそも俺は魔法に関しては素人なので、ゆっくりと母国語で呪文詠唱されても理解できないんだけどな。
ドラゴンの身体が光り輝く。
発光自体はすぐに収まり。
しかし目に焼き付いた光はすぐに消えることなく。俺が何度か目を瞬かせていると、
『――ふむ、人間とは弱いのぉ。たったこれだけで目をやられるとは……』
若い、女性の声。
おいおいまさか、前世の漫画やアニメによくある展開か? 俺がちょっと期待しながら視力の回復を待ち、待ち、待ち……やっと普通に見えるようになったところで、声の主へと視線を向けた。
――裸。
素っ裸だった。
元々の鱗を思わせる白さと艶やかさの肌。
あの巨体からは想像もできないしなやかな四肢。
ドラゴン(爬虫類?)であるせいか髪の毛以外の体毛は存在せず――じゃなくて!
「なんで裸なんだよ!?」
『むしろなぜドラゴンが服を着ていると?』
「そりゃそうだけどさぁ!」
『……ふむ、見た目は極悪人のくせに
「どいつもこいつも人の顔を悪人だの極悪人だの!?」
『文句があるならその目つきを緩めることじゃな。――さて、これで満足か?』
人間形態となったドラゴンが指を鳴らすと、次の瞬間には近衛騎士団の制服を身に纏っていた。俺の着ている服を参考にしたのだろうか?
男物なので胸がキツそう――じゃなくて。今にもボタンが弾け飛びそう――でもなくて。
頭を横に振ってから、落ち着いてドラゴンを観察してみる。
シャルロットやミラとはまた違った、白に近い銀髪。
ミラの左目と同じく、しかしさらに色の濃い金色の瞳。
自信満々につり上がった目と、眉毛。髪色にも負けぬほど白き肌。不敵にゆがめられた口元からは長い犬歯が覗いていた。
外見だけで判断すれば20歳くらいか。
……見覚えがある。
この世界ではなく、前世で。
俺が書いた物語において。
キャラクターデザインが上がってきたときはその素晴らしさにテンションが上がったものだ。
彼女の、名前は。
「――シルシュ?」
俺の問いかけに、彼女は不敵に笑ってみせた。
『ほぅ、