ぐわん、と。
視界が
内臓を全部ひっくり返されたとでも言おうか。
ジェットコースターでぐるんぐるんと回された直後とでも言おうか。
とにかく、突如として襲いかかってきた不快感と目眩によって倒れそうになってしまう。
「ぐっ!」
なんとか一歩踏み出したところで耐えきる俺。
直後、俺の両手が重くなった。それぞれ手を繋いでいたシャルロットとラックが、耐えきれず地面に膝を突いてしまったらしい。
「ん。成功」
満足そうな顔をしているのはミラ。彼女だけは平気そうだが、他の面々は「うえぇ……」とか「う゛っ」とか「ぐぅううぅう」といった声を漏らしている。顔はもちろん真っ青だ。
「ぐぅううぅ……まさかあんな簡単に集団転移魔法を使うとは……これが天才か……」
シャルロットも『銀髪持ち』なんだから人を超える魔力を持っているはずなんだが、そんな彼女から見てもミラは規格外の天才であるらしい。というか美少女なのに『ぐぅううぅ』っていう呻き声はどうなんだ?
しばらく深呼吸をして、やっと余裕が出てきたので周囲を見渡してみる。
視界の真ん前にあるのは少し大きな湖。周囲は手入れされていない林というか森に囲まれている。
……なんだろう?
どことなく見覚えがあるような気がする。いやしかしこの湖には来たことがないはずだ。王都から魔の森への経路からも外れているし。
湖なんてどこも似たような景色になるだろうし、そのせいか……?
「――では、鑑定してみますね」
まだ少し青い顔をしたメイスが眼鏡を外し、湖を凝視しだした。よく分からないが眼鏡を外すのは本気を出した証なのだろうか?
眼鏡を掛けたメイス。
眼鏡無しのメイス。
眼鏡が無いと少しキリッとした表情になるな。普段のどこかおっとりとした顔つきも魅力的だが、これはこれで。
「…………」
「…………」
なぜかシャルロットとミラから人間のクズを見るような目を向けられてしまった。なぜだ?
「……おかしいですね」
「いやおかしくはない。眼鏡を外したメイスも魅力的だ。もちろん眼鏡のメイスも素敵だが」
「はい!? あ、ありがとうございます……?」
口説かれるのに慣れていないのかメイスは顔を真っ赤に染め上げて、
「――――!」
「――――!」
シャルロットとミラに尻を蹴り上げられてしまう俺だった。なぜだ?
「な、なるほど……。やはりラック様が『近衛騎士団の女殺し』でしたか……」
何度も何度も頷くメイスだった。
いやそんな初耳なあだ名で納得されても困るんだが?
「ごほん。とにかくですね、
「……それは、おかしいことなのか?」
「そうですね。私の
「お、おう、そうなのか?」
サラッと説明してくれたが、神聖とか、神に反するとか、尋常じゃない単語が出てきているな。逆に言えばそれ以外なら鑑定できるのか……?
神聖なもので水が汚染されることはないだろうし、どこかに邪悪な存在でもいるのだろうか?
「……ん。怪しいものはない」
首を横に振るミラ。この湖の場所を探し出した探知魔法を使ったのだろう。
探知か。
まぁミラほどの魔術師が見つけられないのだから無駄だろうなぁと思いつつ、一応『気配察知』をしてみると――
「――うん?」
なんだか、湖の周囲に生えた木々の一部が
「…………」
なんとなく、その
「アーク様。どうかしましたか?」
「メイス。ここ、
揺らいでいる場所を指差してみるが、メイスは首をかしげてしまう。
「いえ、特に変わったところはありませんが。何かあるのですか?」
「おう、ここがちょっと揺れているというか、蜃気楼というか――」
説明のために右腕を伸ばしてみると。
ぐわん、と。
俺の視界は再び
内臓を全部ひっくり返されたとでも言おうか。
ジェットコースターでぐるんぐるんと回された直後とでも言おうか。
先ほどの転移魔法に似た感覚に襲われたあと――俺は、地下空間にいた。
「ここは……?」
見上げるほど大きな洞窟。天井には長い時間を掛けて生成されたであろう鍾乳石がつららのように垂れ下がっている。
先ほどまでいた湖とは、似ても似つかぬ空間。転移魔法でどこかへ飛ばされたのだろうか?
「うん?」
まず目に入った天井の鍾乳石にばかり注目していたが……足元にはほんの少し水が溜まっていた。少し傾斜があるのか流れがある。
その水は、どことなく赤黒い気がした。いかにもヤバそうな色だ。
「……まさか、この先に汚染源でもあるのかね?」
ここで選べる選択肢は二つ。この場に留まるか、先に進むか。
俺は転移魔法を使えないので湖に戻ることはできない。なのでミラかシャルロットが転移魔法で助けに来てくれるのを待つのがいいのだろうが……。
なんとなく、『ここは先に進むべきだ』という確信があった。
何者かに強く背中を押されているとでも言おうか? あるいはゲームにおけるチュートリアルが始まっちゃった、的な?
そういえば、ここは『グラン・サーガ ~破滅の王国と七人の騎士~』の世界だったか?
あのゲームにこういう強制イベントみたいなものがあったかは……よく分からん。なにせ前世のことだから記憶も少し曖昧だし、俺はシナリオを書いただけでゲーム部分にはそれほど関わらなかったからな。
しかし
「う~む……思い出せん」
自分で書いた作品だって、一年もすればだいぶ忘れているものだしな。『
まぁでも『シナリオ』的に重要そうなら先に進むのもありか。それにミラなら俺が多少移動しても探知魔法で見つけてくれるだろうし。
というわけで、俺は奇妙な確信に従って先に進むことにした。