宿泊場所として提供されたのは、かつてこの地に駐留していたという騎士団の詰め所だった。魔の森の開拓は国家事業だったらしいので騎士団も派遣されていたのだろう。
とはいえ、常駐は20名程度だったらしいので騎士団としては小規模も小規模だが。
それでも有事には防衛施設としての活用を想定していたのか、詰め所は立派な石造りの建物だった。
「……そうでした。騎士様、一つ注意していただきたいことがありまして」
ここまで案内してくれた村長が申し訳なさそうな声を出した。
「? なんですか?」
「この建物の庭には井戸が備え付けられていますが……使わないようお願いいたします」
「使わないように、ということは枯れたわけではなく?」
「えぇ。実を言いますと、一年ほど前から井戸の水が汚染されていまして……。飲むと全身の痺れなどの症状が出るのですよ」
「それは厄介ですね」
「はい。しかも火に掛けても飲めるようにはなりませんで……。近ごろは雨を貯めた水を使っております。この建物にも水瓶が設置してありますので、水はそこから使ってください」
「わかりました」
この詰め所はしばらく使ってないとのことだったが、屋根から流れる水を貯めるために水瓶を設置しているのだろう。
(井戸の水に痺れか。もしかしたら農業用水にも使えないかもしれないのか。となると作物の収穫量も減るから、村人がこれだけ痩せ細っているのにも納得できるかもしれないな)
そんなことを考えながら建物の中に入り、部屋を確認。騎士の詰め所なので一室四人部屋で、ベッドは二段のものが二つ。訓練で野宿することも多い俺やラックからすれば上等な部屋だが、ご令嬢たちにはちょっと狭くて汚いかもしれない。
大丈夫かなぁと不安になっていると、エリザベス嬢が任せてくださいとばかりに自らの胸へ手をやった。
「確かにあまりいい環境とは言えませんが、『
「
神聖な儀式の前に場を清めるために行う魔術だったか? それを使えば室内を綺麗にすることもできるのだろう。
しかし、
俺の疑問は顔に出てしまっていたのか、エリザベス嬢がほんの少しだけ悲しそうな顔をした。
「わたくしも、かつては『聖女』候補でしたので。このような術は一通り習得しておりますの。……アリス様に負けてしまいましたが」
「あー……」
俺はよく知らないが、近々国を救う『聖女』が現れるって話があるんだったか? で、王太子は聖女候補の一人である
王太子が後ろ盾になったのだから、あのアリスって女が聖女に選ばれるんだろうな。
ま、俺には関係のない話か。
今の問題は未来の聖女がどうこうよりも、いま悲しそうな顔をするエリザベス嬢をどうするかだ。
しかし、ここで動くべきは俺じゃあない。
「気にすることはありませんよ、エリザベス様」
ラックがその場で片膝を突き、エリザベス嬢の手を取る。
「聖女となるために貴女がしてきた努力は、無駄ではありません。その力で貴女は多くの人を救ってきたではありませんか。それに、貴女の慈悲深さこそ聖女に相応しい。あの愚か者共に見る目がなかっただけで……」
「ラック様……」
キラキラした目をしたラックと、うるうるとした目をしたエリザベス嬢。見つめ合う二人はさながら演劇の一場面だ。
「けっ」
俺は思わず祝福の声を上げ、
「おや、嫉妬かい?」
「まさか、アーク様もエリザベス様のことが……?」
「違う。あれは恋人もいない我が身を嘆いているだけ」
口々にそんな反応をするシャルロット、メイス、ミラだった。うっせーわーい。