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 一センチの身長差。たった一センチだけれど、あなたと彼の繋がりが生まれ、思い出が花咲き、恋しさが育っていることを証明してくれる、掛け替えのない変化だった。


「もう、本当に時間がないみたい」雨宮くんは消え入りそうな声でそう呟き、あなたを真っ直ぐ見つめる。そして声の調子を一段張り上げ、「バイバイ、鈴村さん。、思い出してくれてありがとう」


「ううん、ごめん。すぐに思い出せなくて」あなたは弱々しく何度か首を横に振る。そして不意にパッと顔を上げると、まっすぐ彼を見つめ、静かに頬笑わらいかけた。


「あたしも急がないと。現実向こう待たせてるから」


 彼は満足そうに頷いた。、よろしくね――そう聞こえた気がした。


「昴っ……」


 咄嗟に一歩、あなたは踏み出す。彼の台詞と、彼が消えてしまうのは、ほとんど同じ瞬間だった。


「……の昴も、元気でね。バイバイ」


 あなたは頬を焦がす涙なんてお構いなしに、数秒前まで彼が立っていた場所を見つめ続けていた。窓から射す優しい陽の光で照らされたその場所から、彼の温もりが消えてくのを感じながら――


 静寂に浸る図書室に、最終下校を告げるチャイムが鳴り響く。びっくりしたあなたが思わず「ひぎゃっ」と素っ頓狂な悲鳴をあげた瞬間。あなたはに引っ張り上げられるような、呼び覚まされるような感覚に襲われる。それは声として聞き取れる響きじゃなく、あなたの意識を無理矢理ノックするような揺さぶり方で。


(ああ……きっとこれ、夢が解ける合図だ――)


 直感的にあなたが察したところで、ぷつん、とあなたの世界は暗転するのだった……。



 誰かの声が聞こえる。ガヤガヤと賑やかな話し声。初めこそ遠くに感じられた喧騒は、忙しない潮の満ち引きみたいにあなたの鼓膜を刺してくる。


(……あれ、あたし寝てた……? それに、ここって……)


 目を擦り、周りを確認する。テーブルに突っ伏して寝ていたせいで少しだけ首が凝っている。のそのそ身体を起こすと、見慣れた内装、天井の照明、ソファの座り心地。そうだ、思い出してきた――ここは近所のファミレスで、「久し振りにファミレスなんてどう?」と学校帰りに寄ったんだっけ、彼と……


「おはよう、茜さん」


 声に振り返る。あなたの向かい側の席で、彼――雨宮昴くんが頬杖をつきながら、柔らかい笑みを浮かべていた。短くておしゃれにセットされた髪型、コンタクトレンズの瞳、今みたいにスクールシャツを捲りあげていると一目瞭然の、鍛えられた腕。


「昴……」


 あなたの恋人。彼だった。




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