映画館のロビーでは、たくさんの人が行き交っていた。
売店やチケット販売機の前には人々の列が見える。頭上に飾られた巨大スクリーンには映画の宣伝が流れていた。
ヘンリーとアルバートは物珍しそうに辺りをキョロキョロと見渡している。
龍も映画館の様子に少し戸惑っているようだった。普段こんなところに来ないだろうから、慣れていないのだ。
仕方ない、ここは私が動くか。
三人を待たせ、チケットを買いに行く。
目的のチケットを手に入れた私は、三人を引き連れ上映場所へと向かった。
指定の会場へ入ると、座席を探す。
もう既に室内は薄暗く、スクリーンには映画のCMが流されていた。
休日ということもあり、座席もまあまあ埋まっている。
座席の番号を確認し、皆を席に座らせてから私も腰を落ち着ける。
ここの映画館の椅子は結構座り心地がよく、私は気に入っていた。
私の右隣には龍が座り、左にはヘンリー。そのまた左にはアルバート。
四つの席を皆に示したら、勝手にこういう並びになってしまった。
なんとなく予想はついていたけれど。
今まで私は映画を一人でしか見たことがなかった……だからか、両隣に人がいることに落ち着かない。
さっきからヘンリーは私のことをじっと見つめてくるし。と、私がそちらへ視線を向けると、ニコニコと微笑むヘンリーと目が合った。
「ヘンリー、私ばかり見るんじゃなくて、映画始まったら映画を見るんだよ」
「うん、わかってる。でも、今は流華でいいでしょ?」
そう言って、ヘンリーは満面の笑みを向けながら私に集中してくる。
そんなに間近で見続けられると、緊張するよ~。
私が何気なくヘンリーの方へ顔を向けると、突然キスされた。
柔らかな唇の感触に驚き、私は身を引く。
「ちょっ、何するの!」
私は映画館ということを配慮して、囁き声で怒った。
すると、嬉しそうな顔をしたヘンリーが私にそっと囁く。
「ここ暗いから、こういうことするのに便利だね」
そういえば……と私はゆっくりと龍の様子を覗った。
確かに、いつもなら劇怒りする龍とアルバートさえ、今の出来事に気づかず平然としている。
暗闇効果おそるべし!
「だからって、ねえ」
私が注意をしようとしたそのとき、辺りがさらに暗くなった。
「あ、始まるのかな」
ヘンリーはウキウキとした表情で嬉しそうにつぶやき、前を向く。
「もうっ」
私は仕方なく映画を見ることに集中した。
しばらくして、映画もちょうど折り返し地点に差し掛かった頃。
私の左肩に何かが触れた。
頬に髪の毛が当たり、寝息のようなものも聞こえてくる。
どうやらヘンリーが私の肩で眠ってしまったようだ。
私の鼓動が早く脈を打ち始めた。
なんだろう、この心地の良さは。心がふわふわして、気分が高揚する。
また、この感覚。不思議だけれど、私はこの時がずっと続けばいいとさえ思ってしまった。
本当に、この感情は私のものなのかな……?
自分のことがわからない、最近こんなことばかりだ。
すやすやと気持ちよさそうな寝息……。
とりあえず、私はヘンリーを起こさずそっとしておくことにした。
すると、しばらくして今度は右肩にも同じ感触を感じる。
え……?
私は驚き、すぐに顔をそちらへ向けた。
息がかかりそうな程近くに、龍の顔がある。
なんと、龍まで私の肩にもたれかかり眠っているではないか!
なぜ、龍まで!?
よほど疲れていたのだろうか。
いつも頑張っている龍を起こすのは忍びなかったので、そのままそっとしておくことにする。
そして……私は両側からがっちり固定された人形の
「あー、気持ちよかった」
ヘンリーが大きく伸びをする。
たった今映画が終わり、皆で外へ出てきたところだった。
映画館の前は、多くの人で賑わっている。
ガヤガヤと騒がしい声と人並の中、突然、龍が私に向け頭を下げた。
「お嬢、申し訳ありません! 眠ってしまったうえに、お嬢の肩をお借りしていたなんて。……どんな罰でも受けます」
深く頭を下げ続ける龍に、私はあきれたようにため息をついた。
「あのねえ、そんな大げさな。
龍も疲れてたんだね、いつも頑張ってくれてる証拠だよ。ありがと」
微笑みかけると、龍は
「お嬢……」
「もう! 流華、龍とばっかりずるい。
僕だって流華の肩に寝てたんだよ、僕も褒めて」
ヘンリーは何を勘違いしたのか、二人が肩にもたれ寝ていたことを私が喜んでいると思っているようだった。
「あのね、私は別に」
「おまえもお嬢の肩をお借りしていたのか?」
龍がすかさず険しい表情でツッコミを入れてくる。
すると、ヘンリーは不機嫌そうに頬を膨らませて対抗した。
「龍だってしてたんでしょ? 僕の流華なのに、駄目だよ」
「おまえ、の?」
龍のこめかみに血管が浮き出る。
「こんなところで喧嘩しないでよ!
私はヘンリーのことも龍のことも嫌じゃなかった。気を許してくれているんだなって思って、嬉しかったからっ」
こんなところで暴れて、騒ぎになったら厄介だ。
私は飛び切りの笑顔を二人に向ける。
その笑顔に龍がひどく感動した様子で、頬を緩ませた。と、同時にヘンリーは龍の隙を突いて、私に飛びつこうとする。
「流華、大好き」
「貴様ーっ!」
激怒した龍がヘンリーに掴みかかろうとするが、そこへアルバートが割って入り龍を止める。
よくやった、アルバート! たまには役に立つじゃない!
私は心の中で、拍手を送った。
「そうはさせません! 私が相手です」
「ほう、望むところだ」
って、結局そうなるんかい!
二人は戦闘態勢に入り、お互いの顔を見つめニヤッと笑った。
それを合図とばかりに、対戦が始まった。
二人の姿が素早い動きで移動していき、たまに衝突する。どちらも一歩も引く気はないようだ。
街のど真ん中で、アニメで見るようなバトルが繰り広げられていた。
私は二人を見つめながら、深いため息を吐いた。
もうこうなったら、私は止められない。……もう勝手にして!