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第18話 王子の執事

 風呂場から救出されたアルバートは、適当な浴衣を着せられ、空いている部屋へと運ばれていった。

 龍が用意した布団に転がり、幸せそうな顔をして眠っている。


 私とヘンリーと龍の三人は、布団ですやすやと寝むるアルバートを取り囲み見下ろした。


「ヘンリー、説明してもらおうか?」


 私がヘンリーを睨む。

 ヘンリーは私の視線など気にも留めず、可愛くニコッと微笑むと語り出す。


「アルバートはね、僕の執事なんだ」

「執事? はぁ、まあヘンリーは王子だもんねって、なんで執事までこっちの世界にやって来てるの?」

「さあ、なんでだろ?」


 ヘンリーは不思議そうに、眠っているアルバートの顔をじっと見つめる。

 そのとき、アルバートの瞳がカっと大きく開いたかと思うと、すぐにガバッと起き上がり、ヘンリーを見て叫んだ。


「ヘンリー様! よかった、ご無事で!」


 アルバートがヘンリーを抱きしめる。

 ヘンリーは小さい子をあやすかの様に、アルバートの背中をさすっている。


「アルバート、心配かけてすまなかった。僕はこの通り、元気でやっているよ」

「王子がいなくなってからというもの、生きている心地がしませんでした。

 皆心配しております。早く帰りましょう」


 アルバートは懇願こんがんするような瞳をヘンリーに向けすがりついてくる。

 そんなアルバートを見つめながら、ヘンリーは気まずそうに頭をいた。


「それが……戻り方がわからないんだ」

「……なんですってーーー!!」


 アルバートはショックで固まってしまう。


 それはそうだろう。

 わけもわからず知らない場所へやってきて、帰り方がわからないなんて、絶望的だ。

 それを楽観的に楽しんでいるヘンリーがどうかしているのだ。


 私はアルバートに同情の眼差しを向けた。


「でも、大丈夫。この流華が、とっても親切に僕のお世話してくれるから」


 ヘンリーがりもせず、私に抱きついてくる。


『あーーー!!』


 龍とアルバートが同時に叫ぶ。


「貴様! 性懲りもなくっ」


 龍がヘンリーに掴みかかろうとすると、すぐにアルバートが龍の腕を掴み、その動きを止めた。


「貴様、王子に何をしようとしている?」


 龍とアルバートは鋭い眼差しで睨み合う。


「ほう、王子なら王子らしい振る舞いをしてほしいものだ。ろくなしつけをしていないらしい」


 龍が嫌味な笑みをアルバートに向けた。


「ふん、どうせうちの王子をそちらの姫君がたぶらかしたのだろう。

 そちらの躾こそ、なっていないのではないか?」


 アルバートも負けじと龍に挑戦的な態度を取る。


「お嬢を……侮辱ぶじょくしたな?」


 龍の顔は無表情だったが、彼の目つきと声音が恐ろしいものへと変わった。


 これはちょっとやばいかも。

 私は急いで止めに入る。


「ねえ、その辺でストップ! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」

「そうだよ、アルバートも流華のこと、悪く言ったら許さない」


 私とヘンリーが二人の間に割って入ると、その場の空気が幾分いくぶん和らぎ始めた。

 そこへ、ちょうど通りかかった祖父が顔を覗かせた。


「おーおー、もう一人増えとるっ」


 祖父は驚くことなく、嬉しそうにニコニコしながらこちらへやって来る。


 何事にも動じない祖父はさすがというか何というか。

 こういうところは、改めて大物だと感じる。いつもは忘れてるけど。


「ご老人が、ここのあるじか?」


 アルバートが祖父に尋ねる。


「うむ、そうじゃ」


 祖父が威風堂々いふうどうどうと胸を張り頷く。

 その姿には威厳があり、どこぞの王様のように見えなくもない。


 アルバートは祖父の前にひざまずいた。


「どうか、ヘンリー王子と共に、しばらくここに置いてはくださりませんか?」

「いいぞ」


 え! そんなあっさり?

 あまりの承諾の速さに、私は驚きを隠せない。


「有難き幸せっ」


 アルバートが深々と頭を下げる。

 即座に龍が祖父に抗議した。


「いいのですか! こんな訳の分からないやからを、また」

「別に一人も二人も同じじゃ。ヘンリーもいい奴だし、こいつもきっといい奴じゃて」


 龍の肩をポンと叩き、何度か頷くと祖父は去っていった。


「ふむ、実にさとい方だ」


 アルバートが感心したように頷いている。

 龍は納得いかない様子で、しかめっ面をアルバートに向け睨んだ。


 私は大きなため息をついてから、ヘンリーとアルバートを交互に見つめる。


「もうこうなったらおじいちゃんの言う通り、一人も二人も同じよ。

 いいわ、ヘンリーとアルバート、二人とも元の世界に帰れるまで面倒みてあげるわよ」


 こうなったらとことん付き合ってやろうじゃない。

 私だって祖父の血を受け継いでいるのだ。


「さっすが、流華。かっこいい! 僕のお姫様」


 喜びに溢れたヘンリーが私の頬にキスをした。


「もうっ、いつも急にしないでって、言ってるでしょ?」

「急じゃなければいいの?」

「そういうことじゃなくてっ」


 私たちが揉めていると、恐い顔の龍とアルバートが近づいてくる。


「貴様……いい加減にしろよっ」

「あなたたちは、いったいどういう関係なんですか?」


 恐ろしい顔をした二人が迫り来る。



 このあと、私とヘンリーは二人をなだめるのに相当の時間を費やすことになったのだった。


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