絶体絶命のピンチ!
私は覚悟を決め、目を閉じた。
そのとき、どこからともなく声がした。
「王子と……姫?」
驚いた私達は、辺りを見回し声の
すると、暗がりからメイド姿の女性が姿を現した。
紺色の上品な長袖ワンピースに白いエプロンをつけた、 昔ながらのメイドのイメージそのまま。
ゆっくりとこちらへ近づいてくるメイドは、どこか儚げで暗い雰囲気を漂わせている。
待って、こんなところにメイドってあり得なくない?
私は嫌な予感を抱きながら、彼女の足元へ目をやった。
彼女の足は、薄っすらとしか見えず、透明だった。
やっぱり……幽霊!?
「きゃーーーーー!!」
私はヘンリーにしがみつく。
ヘンリーは何も言わず、そのメイドの女性をじっと見つめていた。
「驚かせてしまい申し訳ありません。あなたたちが私の知っている人に似ていたので、つい声をかけてしまいました。
しかし、どうやら人違いのようですね。
そうですよね、もう生きているわけがないのに……」
メイドは酷く悲しそうな顔をして俯いてしまう。
「王子と姫って?」
ヘンリーは抱きつく私の頭を優しくよしよしと撫でながら、普通に幽霊と会話を始めた。
「……はい。私の仕えていた王子と、その恋人の姫様のことです。
あなたたち二人にそっくりでした。
本当に仲が良くて、お似合いで。二人は結ばれるものと思っていました。
あの戦争が起こるまでは」
「戦争?」
「はい。同盟国だった二つの国は、些細な
王子と姫はある日突然、敵対する関係になってしまったのです。
二人はなんとかできないかと奮闘しましたが、王子と姫という立場上、その御父上の王に敵うはずもなく、成す術もありませんでした。
お二人はとうとう手を取り合い、駆け落ちしました。
追っ手に追われ、追いつめられた二人は崖から落ちて、心中されました。
……私は悲しくて、辛くて、悔しかった。
二人のことをずっと応援していました。いつか幸せなお二人の結婚式が見れると思っていたのに。
無念で、死んだあともこうして彷徨っているというわけです」
相手が幽霊ということも忘れ、私はその話に聞き入っていた。
目頭が熱い。
その王子と姫のことを想うと、私はなんだか胸が締め付けられた。
「僕と流華がその二人に、似てるんだよね?」
「はい」
「だったら、僕達が結婚式を挙げる姿を見たら、君は満足して成仏できるんじゃない?」
はい? ちょっとヘンリー、何を言っているの?
私がヘンリーを
「流華、ここで結婚式を挙げよう」
「え? どういうこと?」
私が戸惑いぼーっとしている間に、ヘンリーはメイドに声をかける。
「メイドさん、あなたが牧師やって」
唐突にそんな提案をされ、幽霊でさえついていけていない様子だ。
呆けた顔で口を開けている。
彼女は呆然としながらも、何とか答えた。
「は、はい」
ヘンリーは私の真正面に立つと、私を見下ろした。
また、私たちは至近距離で見つめ合うことになってしまう。
「じゃあ、はじめようか。……牧師さんから、スタート!」
ヘンリーの元気な声と共に、勝手に幕が下りた。
メイドは戸惑いながらも、ヘンリーの要望に応えようとする。
私たち二人の側に立つと、小声で尋ねてきた。
「ええと……お二人の名前を、教えてください」
「ヘンリーと流華だよ」
ヘンリーがニコニコと嬉しそうに答えると、メイドは深く頷いた。
メイドはもう既に役に入り込んだのか、真剣な表情になり恒例のあのフレーズを口にする。
「新郎ヘンリー、あなたはここにいる流華を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
ヘンリーは私を熱い眼差しで見つめながら口を開く。
「はい、誓います」
その瞬間、ザワッと音が聞こえたような気がした。
見えない風が、私の体を包み込むように撫でていき、通り過ぎていったような感覚に陥る。
心臓が段々と大きな音を立て始める。
なんだか、ずっとこの時を待っていたような……そんな高揚感に満たされていく。
「新婦流華、あなたはここにいるヘンリーを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
熱く潤んだ眼差しに見つめられ、私の体は火照り、顔が熱くなった。
こうなったら、付き合うしかない……よね。
私は覚悟を決めた。
これはメイドさんのため、と自分に言い聞かせる。
「はい……誓います」
「では、誓いのキスを」
メイドが淡々とその言葉を発した。
「え?」
私は驚き、ぽかんとした顔でメイドを見つめる。
するとヘンリーが私の耳元で囁いた。
「僕たちが仲良くしているところを見たら、きっとメイドさんは満足して成仏できる」
メイドはすごく期待した眼差しをこちらに向けている。
本当にキスしたら、成仏できるの?
っていうか、本当にキスするの?
戸惑いの眼差しでヘンリーを見つめると、彼の顔がゆっくりと近づいてきた。
なんでこうなるの?
ええい、もうやけくそよ!
私は観念し、目を閉じた。
唇に柔らかなものが触れる。
さらにヘンリーが私の体を強く抱きしめてきた。
そのまましばらく何もできずに私は動きを止めていた。
すると、調子に乗ったヘンリーが角度を変え、何どもキスを繰り返してくる。
息が苦しくなってきて、私の堪忍袋の緒が切れそうになる。
「ちょ、いいかげんにっ」
キスから逃れようとする私の頭を掴み固定すると、ヘンリーはまた私にキスしてくる。
「……っ、ちょっ……」
私はヘンリーの腕の中で必死に
しかし、上手くいかない。
ヘンリーは歯止めがきかなくなったのか、私に無我夢中で
その瞬間、私は完全にキレた。
素早くしゃがみ込み、ヘンリーの足を蹴り払う。
ヘンリーは一瞬空中に浮いた状態になり、そしてドスンと落下し尻餅をついた。
「いったー!」
ヘンリーはお尻をさすりながら、大げさに
「調子に乗るからよっ」
私は怒った表情で、ヘンリーを見下ろし睨みつけた。
拗ねたように頬を膨らませたヘンリーだったが、すぐに笑顔に戻る。
「流華、かっこいい! そういうところも、好きだな」
性懲りもなく、またヘンリーは私に抱きついてきた。
「ちょっと、全然反省してないじゃん! もう!」
建前上、私は嫌がっている素振りを見せているが、こういうおちゃめなところも可愛いな、と思ってしまう自分がいた。
先ほどのことだって、本気で怒っているわけではない。
あれ以上されたら、私がどうにかなってしまいそうだった。許容範囲をとうに超えていた。
それに……私が私じゃなくなってしまうんじゃないかという思いが湧いてきて、いてもたってもいられなかった。
またあの感覚……誰かの感情が入り込んできたような。
「お二人は、本当に仲がいいのですね。
御姿だけでなく、雰囲気も王子と姫に似ておられる。
どうかお二人は幸せになってください。……本当にありがとうございました」
メイドが深々とお辞儀する。
すると、突然彼女の体から強い光が発せられ、辺りが急激に明るくなった。
「お幸せに……」
メイドが笑うと、光はさらに強くなって彼女は白い光に包まれていく。
私は眩しくて、目を閉じた。
次に目を開けたとき、メイドの姿はそこになかった。