目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
第15話 夜の学校……二人きり

 肝試しといっても、何か仕掛けが用意されているわけではなく、学校の中を探索してくるだけのようだ。


 この企画を考えた人は、ただ暗がりで男女二人きりになるというシチュエーションが欲しかったのだろうか。

 まあ非日常ではあるから、吊り橋効果的なものも手伝って二人の距離が縮むと思われているのかもしれない。


 スタートからゴールまでの道順は決められており、先ほど地図を渡された。


 理科室や音楽室など、学校の恐い場所の定番を巡っていくツアーのようだ。

 矢印で進むルートが示されている……この通りに進めばいいらしい。



 それにしても……と、私は隣を歩くヘンリーへ視線を向ける。

 先ほどからずっと何も話さない。


 暗闇に恐怖を覚えつつ、私は横目でヘンリーの様子を観察していた。


 窓から射しこむ月明かりがヘンリーを照らしている。

 彼の綺麗な金色の髪が輝き、色白の肌がさらに白さを増して見えた。

 いつもよりミステリアスな雰囲気に、なんだかドキドキしてしまう。


 あの二度目のキス……。

 あれから私はヘンリーを意識するようになり、避けてしまうようになった。


 ヘンリーもそんな私の態度に遠慮しているのか、あまり話しかけてこない。今ではほとんど話さない状態が続いている。


 このままの状態が続くのは嫌だ。


 ヘンリーと出会ってからいろいろ大変なこともあったけど、彼と過ごす時間は私にとっていつの間にか大切なものになっていた。


 ヘンリーと一緒にいると、心が満たされていく。


 ずっと一緒にいられることが嬉しくて、傍にいるとほっとしたり楽しかったり。

 出会って間もない彼にこんな感情持つなんて、私自身驚いていた。


 そして一番驚いたことは、触れ合っても嫌じゃないこと。

 体に触れたり、手を繋いだり、ちっとも嫌悪感を感じないのだ。一度目のキスも、二度目も、驚いたけれど嫌じゃなかった。


 今まで男性にそんなことされたことがないから、比べようがないけれど。

 これって特別なんじゃないだろうか。


 私はヘンリーに何か特別な想いを抱いているのかな……。


 最近、自分で自分の気持ちがわからない、感情のコントロールができないというか。

 私の感情なのに、もう一つの感情が混ざっているような感覚。


 それに……たまにフラッシュバックのように脳裏に浮かぶ映像。

 あれは、いったい……。


「流華? 大丈夫?」


 突然ヘンリーに声をかけられ、私は顔を上げた。

 どうやら考え込んでしまい、立ち止まってしまっていたようだ。


 少し前を歩くヘンリーが、心配そうな表情でこちらを見つめてくる。


「ごめん、大丈夫っ」


 私はヘンリーに微笑みかけ、彼の隣へと駆け寄っていった。




 月明かりしかない夜の学校。

 外から見ていた時より、数段上の恐怖と気味悪さを感じさせる。


 普段の私なら、かなり怯えていたに違いない。

 しかし、今はヘンリーと二人きりというこの状況が心の中の大半を占め、恐怖心はどこかへいってしまったようだった。


 ヘンリーは、恐くないのかな?


 私は勇気を出してヘンリーに問いかけてみる。

 どうか、普通に話せますように。


「ヘンリーはさ……幽霊とかって、怖くないの?」


 私の言葉に、一瞬驚いたように目を見開いたヘンリー。

 すぐにその顔は、嬉しそうな笑顔に変化していく。


 あ、久しぶり……この笑顔。

 その笑顔のおかげで、私の心は軽くなり、嬉しさが溢れ出てくる。


「恐くないよ。だって、幽霊って元々僕たちと同じ人間だったんだから」


 可愛い笑顔であっけらかんと言うヘンリー。

 そんな彼を見ていると、幽霊は恐いものではないのかもと思えてくるから不思議だ。


「そうだね。そう思えば、恐くないかも」


 私が微笑むと、嬉しそうにヘンリーはニッコリと笑う。

 彼の笑顔がキラキラと輝いて見えた。


 う、嬉しい!

 ヘンリーの笑顔もさることながら、普通に話せている喜びを嚙みしめ、私は密かにガッツポーズを決めた。


 初めはなんでこんなとこ来ちゃったんだろうって思ったけど、来てよかった。

 ありがとう~貴子。


 私の脳裏に貴子の元気なスマイルが浮かぶ。



 それから、私たちは自然に会話することができるようになっていた。

 このままなら、もしかして以前の二人に戻れるかもしれない。と私は期待に胸を膨らませる。


 やっぱり、気まずいままより、こうやって楽しく過ごせるのが一番だ。


 私は軽快な足取りで前へと進んでいく。すると、突然ヘンリーが立ち止まった。

 どうしたのかと驚き、彼を見つめる。

 すると、真剣な眼差しを向けるヘンリーと目が合った。


 彼はじっと私のことを見つめたあと、静かに口を開いた。


「流華……ごめんね。この前、いきなりキス、しちゃって。怒ってるんでしょ?」


 申し訳なさそうな表情で、上目遣いに私を見つめるヘンリー。

 忘れかけていたキスのことをぶり返され、私は慌てふためいた。


「え!? いや、別に怒ってるわけじゃ。……ただ、私、ビックリして。

 ヘンリーを見ると恥ずかしくて、それで、避けてしまって。

 ……私の方こそ、ごめん」


 しおらしくなった私は黙り込んだ。

 しばしの沈黙……。


 私は下を向いているので、ヘンリーの様子がわからない。

 何も言ってこないヘンリーを、私は上目遣いでそっと窺う。

 すると、いつもと違うヘンリーがそこにはいた。


 今までで一番、男らしい目つきが私へ突き刺さっていた。


「流華……僕、君といると歯止めが利かなくなる」

「え?」


 いきなり、ヘンリーは私を壁に押しやった。

 壁際に追い込まれた私は、何が起こったのかわからずヘンリーを凝視する。


 壁とヘンリーに挟まれた状態で、私たちは至近距離で見つめ合う。


 これが世に言う、あの有名な壁ドン!?

 目の前に迫る綺麗な顔。

 突然の出来事に、私の頭の処理能力が追い付いていかない。


「ヘンリー! ちょっと待って。話、聞いてた?」


 私は戸惑いながら抵抗を試みる。

 迫りくるヘンリーの体を押し返そうとしてみた。


 しかし、力が強くて全然ビクともしない。


 ヘンリーだって男の子だもんね、女の私の力では適いっこない。

 いつも可愛くて、女の子みたいに線が細いから忘れてしまっているけれど。


 ヘンリーは何も言わず、しかしゆっくりと、確実に私に迫ってくる。

 近づいてくるヘンリーの美しい顔。


 え? また私、キスされちゃうの?


 私の心臓は今にも破裂しそうな動きを繰り返している。

 どうしていいのかわからず、私はその場で固まってしまった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?