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第13話 親友の思惑

 昨日の出来事のおかげでなかなか寝られなかったせいもあり、私は眠たい目を擦りながら、居間へと向かう。


「流華、おはよう!」


 部屋の前で、満面の笑みを向けたヘンリーが私をニコニコと見つめてくる。

 昨日のことなどなかったかのような、爽やかな笑顔だ。


 私はキスのことを思い出してしまい、恥ずかしくてヘンリーから視線を外した。


「お、おはよう」

「おはようございます、お嬢」


 ヘンリーの背後から、唐突に笑顔の龍が現れ、私に挨拶してきた。


「お、おはよう……」


 なんだか気まずくて、私は戸惑ったような返事になってしまった。

 龍の笑顔は一瞬で消え去り、彼はヘンリーを真顔でじとっと見つめる。


「おはよう、ヘンリー」

「おはよう、龍」


 恐ろしい気を放つ龍に気づいているのかいないのか、ヘンリーはいつも通りの笑顔を龍に返していた。


「流華、ご飯食べよっ」


 ヘンリーが私の手に触れようとした。が、私は反射的にその手を避けてしまった。


「あ……」

「流華?」


 ヘンリーが悲しそうな表情になる。眉を八の字に曲げながら私を覗き込んでくる。


「さ、ご飯食べよ」


 ヘンリーの視線から逃れるように、私はさっさと自分の席へ座る。


 私、どうしちゃったんだろう。

 ヘンリーに普通の態度が取れない、なんだか恥ずかしくて避けようとしてしまう。

 こんなの駄目だよね、ヘンリーに悪いよ。

 きっとまたヘンリーを落ち込ませてしまう。


 グルグルと頭の中を思考が巡っていく。

 私はその堂々巡りを止めるため、一心不乱に朝ご飯を食べることに集中した。





 私は机に突っ伏しながら、「はあーっ」と大きなため息をついた。


「ねえ、流華ってば」


 いきなり貴子の顔がドアップに迫り、驚いた私の体は後ろに大きくった。


「わあ! な、何?」

「何、じゃあないよ。さっきから呼んでるのに上の空なんだもん。なんかあった?」


 貴子がじとーっと私を見つめてくる。

 これは絶対に、何か勘ぐっているな……。と、私は貴子から顔を背け素知らぬ振りをする。


 私が黙り込んでいると、貴子は不敵に笑い始めた。


「ヘンリーのことでしょ?」

「え! なんで?」


 図星を突かれた私は目を丸くして貴子を見つめる。


「見てればわかるよ。今日ずっと流華とヘンリー変だもん。

 いつもあんたにべったりだったヘンリーが近づいて来ないで、遠くから流華の事チラチラ見てるし。

 あんたも心ここにあらずって感じで、ずっと考え込んでるし。

 絶対二人、なんかあったって思うって」


 自信満々という表情で胸を張る貴子を、私は呆然と見つめる。


 貴子、すごい。

 こういう観察眼はあるんだよね、私には無いから羨ましい。


 貴子に相談してみようかな……でも。


「昼休み、屋上!」


 突然そう叫んだ貴子。

 それ以上何も言わず自分の席へと戻っていく。


 貴子の発言に唖然としながら、私はその背中を見送った。


 私には選択の余地はないってことね……こういうところも憧れるわ。





 そして、昼休み。

 私は貴子と二人で屋上にいた。


 天気は快晴。爽やかな風が通り過ぎていく。

 晴れ渡る青空に、突然貴子の雄叫おたけびがこだまする。


「えーーー! キスうっ!」

「しーっ! 大声で言わないで」


 私が人差し指を口にあて、貴子をきつく睨む。


「ごめん、だってあまりに急展開で。さすがの私もビックリよ」


 キャーキャーと声を上げながら喜ぶ貴子。


「なんで喜ぶかな」


 私はあきれ顔を向けた。すると、貴子は自信ありげに胸を張った。


「だって、そりゃあ、ねえ。

 それで、ヘンリーを見ると気まずくていてもたってもいられないと」


 うんうんと貴子が満足そうに微笑んでいる。


 本当に貴子はいつも楽しそうでいいな。


「まあ……そうかな」

「それは、恋だね! あんたキスで恋に落ちたんだよっ」


 名探偵にでもなったかのように、貴子は私に人差し指を向けビシッと決めポーズをする。


 はあ、始まったよ。また貴子劇場。妄想爆発。

 私はあきれつつ、曖昧に返事をしておく。


「……あ、そう。それはいいんだけどさ。

 ヘンリーと気まずいのが嫌で、どうにか普通の状態に戻れないかな?」


 想像していた反応と違ったことが気に喰わないのか、貴子は不満げな表情をする。


「本当に流華は鈍いんだから……。ま、いつか自分の気持ちに気づくでしょうよ。

 あんたはヘンリーに恋に落ちたのよ、キスで覚醒したの!」


 貴子は一人で妄想劇を繰り広げているのだろう、空を見上げ何か物思いにふけている。

 口出しすると面倒そうだ、こういうときは放っておくのが吉だと知っている。


 私は貴子が落ち着くまで待つことにした。



「ま、気まずいのはお互い辛いだろうし、いいこと教えてあげる」


 妄想に満足したのか、私に向き直った貴子はまたビシッと私を指差した。


「今日の夜、ちょうどこの学校で肝試し大会があるのよ。それに二人で出なさい」


 肝試し大会? そういえばこの前配られたプリントに書いてあったような。

 興味ないからあんまり読んでなかった。


「三年の先輩方が考えたみたいね。

 生徒が主催の学校協力のイベント、全校生徒対象で出欠は自由。

 たぶんカップル誕生を狙ってのことみたいね。みんな色恋には目がないんだからっ」


 貴子はぐいっと顔を近づけ、私に熱い視線を送ってくる。


「肝試しで二人きりになったら、嫌でも話しをせざるを得ない。

 二人でゆっくり語り合いなさい。

 それできっと自分の気持ちもわかるんじゃないかしら?」


 ニヤッと意味深に笑う貴子。


 確かに、今のままだとヘンリーのことを避けてしまうし、うまく話せる自信がない。

 荒療治かもしれないけど、二人きりになるのはいいのかも。


「わかった。今日の肝試し、出てみるよ」

「ほんと? やった! じゃあ私も見学に行くね」

「参加はしないの?」


 この手のイベント、貴子好きそうなのに。


「相手がいないもの……あ、龍さんが来るんなら参加しようかな」


 貴子が嬉しそうに目を細めた。


 龍? まあ、確かに龍が一緒だといろいろと便利で助かるけど。

 幽霊とか、わけわかんないものからも守ってくれそうだし。


「たぶん龍も来ると思うよ。私について来るんじゃないかな」

「うん、お願いね」


 貴子はご機嫌な様子で鼻歌を歌いだした。

 そんなに嬉しいの? いいな、余裕で。


 私はヘンリーとうまく話せるか心配で、余裕なんてちっともなかった。


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