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第11話 おじいちゃん

 家に帰ってからも、ヘンリーは私の側を離れなかった。


 どこへ行くにもついてきて、嬉しそうに私の周りをぐるぐると旋回している。

 ちょっと移動するだけでもピタリとくっついてくる。トイレへ行くときでさえ、ドアの外で待っているという状態だった。


 いい加減、私の我慢も限界に達してきた。


「ヘンリー、いい加減にして」

「え?」

「私にもプライベートがあるんだから。そんなに四六時中一緒にいられたらストレス溜まるよ」


 少し強い口調で言うと、ヘンリーはきょとんとした表情をして私を見つめた。


「流華……僕と一緒にいるの、嫌?」


 可愛い瞳を向けるヘンリーから視線を逸らし、私は思い切って想いをぶつける。

 ここでしっかり自分の気持ちを言っておかないと、ヘンリーはどんどん調子に乗ってエスカレートしていく気がしたから。


「嫌とかそういう以前に、これだけべったりくっつかれたら迷惑だよ。

 ヘンリーは王子だから今まで何でも許されてきたのかもしれないけど、もう少し人の気持ち考えた方がいいんじゃない?」


 少しきつく言い過ぎたかな?

 横目でヘンリーの様子を窺うと、ヘンリーは黙り込み下を向いていた。


 ゆっくりと顔を上げたヘンリーの表情には、いつもの明るさはなくなっていた。


 潤んだ瞳、沈んだ悲しげな表情、眉は八の字で口はへの字に曲がっている。


「……ごめんなさい」


 小さな声でそう言うと、ヘンリーは私に背を向け静かに歩き出す。


「あ……」


 その後ろ姿があまりにも寂しそうで、なんだか抱きしめたい衝動に駆られてしまった。

 しかし、ここで甘やかしてしまうと逆戻りだ。

 ここは我慢だ。


 私は伸ばしかけたその手を引っ込めた。





「……つまんないテレビ」


 夕食を食べ終えたあと、居間でテレビを見ていた私はぼそっとつぶやく。

 とくに見たいテレビがあるわけでもなく、映った番組を適当に見続けていた。


 いつもならヘンリーが私の周りをウロチョロして、話したり、ちょっかいをかけてくる。

 それを発見した龍が怒って、ヘンリーと喧嘩を繰り広げるという光景が最近の私の日常だった。


 たった数日の出来事が、もう私の日常に溶け込んでいたことに驚く。


 自分で突き放しておいて、ヘンリーが側にいないことをこんなに寂しいと思うなんて。

 私はなんて勝手な女なんだ。


 大きなため息が口からこぼれた。


「どうした?」


 祖父の大吾が私の前に現れた。


 酒の瓶を片手に持ち、もう片方の手にはグラスを持っている。ニコニコと微笑みながら、祖父は私の隣に腰を下ろしてきた。


「流華、元気ないじゃないか」


 祖父はグラスに酒をなみなみと注ぎ、それをグイッと飲み干した。


「あー、うまい! 人生これがないとつまらん」


 本当に幸せそうな祖父の顔を見て、私は不貞腐ふてくされた。


「おじいちゃんはいいね、すぐ幸せになれて」


 私の不遜な態度を祖父は軽快に笑い飛ばす。


「人生なんて自分が思った通りになるんじゃぞ!

 自分が幸せだと思えば幸せ。不幸だと思えば不幸。そのとき思ったことが現実になる。

 起こった事実は変わらんが、どう捉えるかは自分が選べるからな」


 祖父の優しい眼差しが私を射抜く。

 この人は、たまにすごく良いことを言う。伊達だてに年を取ってはいないということか。


「さて、流華。なんでそんなつまらなさそうにしておるのかな?」


 ぐいっと祖父の顔が私に近付いた。


 祖父の笑顔が私の心をほぐしていく。

 いつもすべてを打ち明けてしまえ、という気持ちにさせる不思議なパワーがこの笑顔にはあった。


「……ヘンリーに酷いこと言っちゃった」

「ほう、どんな?」

「迷惑だ、って。……あまりにもずっと私にくっついてくるから。もっと人の気持ち考えろって、言っちゃった」

「ふーん」

「私酷い?」

「さあなあ……後悔しとるのか?」

「……うん」


 私の返答に、祖父はニヤッと笑った。


「じゃ、謝ればええ」

「え……」

「あれじゃな……ヘンリーも流華も似とるよ」


 祖父の言葉に私はポカンと口を開けた。


 私とヘンリーが似てる?


「人との距離感がわかっとらん。

 お互いに今まで人と対等に接してこなかったから、どのように人と距離を取ればいいのかわからんのじゃ。

 ヘンリーは近づき過ぎて失敗。流華は遠ざけ過ぎて失敗。ちょうどいい距離がお互いわかっていない。

 二人は似とるよ。今まであまりそういうことが無かったんじゃな。

 これから、二人で学べばええ。まだ若い、これからじゃ。

 ヘンリーはいい奴だ、わしは好きじゃよ。仲良くしなさい」


 祖父は私の頭をよしよしと撫でた。


 小さい頃から何百回とされてきたこの行為。

 祖父の手はとても大きく温かい。

 この手で撫でられると、とても心地がいい。


 私が照れくさそうに笑うと、祖父は優しく笑いかけてくれた。


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