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第9話 いざ、学校へ

「じゃあ、行ってきます」

「おう、楽しんでおいで」


 ヘンリーと祖父が仲良く手を振り合う。

 その様子を横目で眺めつつ、私と龍は揃って肩を落とした。


 これからのことを思うと、そんな笑顔で手を触れる心境にはなれなかった。


「流華、ヘンリーを頼んだぞ」

「……はい。行ってきます」


 満足そうに微笑む祖父の見送りを受け、私とヘンリーと龍は家の門をくぐった。



 ヘンリーは満足そうな笑顔で、軽快に学校へと続く道を歩いていく。

 その後ろから、私が重い足取りで歩いていく。さらにその後ろには、暗い雰囲気の龍が私に付き従う。


 もうなるようにしかならない。

 こうなったらドンとこいよ。ヘンリーのことは、私が守ってやろうじゃない。


 昔からの悪い癖だ。

 おせっかいな性格ゆえ、また変な気合いが空回りし始めている。


「ヘンリー」


 私が呼ぶと、ヘンリーは可愛い笑顔をこちらに向ける。


「何?」


 無邪気な笑顔……可愛くて、とても微笑ましい。

 って見惚れてる場合じゃない。私はコホン、と一つ咳払いをする。


「いい? 学校では私の言うことを絶対に聞くこと。勝手な行動はしないこと。何をするにしても、一度私の確認を取ること。

 わからないことがあるときは、何でも私に聞いて」


 矢継ぎ早に言うと、ヘンリーはきょとんとした顔をしてから可笑しそうに笑った。


「うん、わかった。

 流華は本当に優しいね、僕のことをそんなに心配してくれるなんて。

 ありがとう、大好きだよ!」


 ヘンリーが私に抱きつこうとする。が、すぐに龍の手によって阻止された。

 無言で睨む龍に対して、ヘンリーが甘えた声を出す。


「何すんだよ。また、大吾に言いつけるぞっ」


 口をへの字にして睨むヘンリーの言葉に、龍は少したじろいだ。

 祖父のことを出されると、龍は弱い。


「ヘンリー、そうやってすぐに私に抱きつくのも禁止!

 もちろん他の子に抱きつくのも、駄目だよ」


 私が釘を刺すと、ヘンリーがげ足を取ってきた。


「え? てことは学校じゃなければ、僕は流華に抱きついていいってことだね?」


 無邪気な笑顔で私に微笑みかけるヘンリー。


「あのね……そういうことじゃなくて」


 私が言い返そうとすると、黙っていた龍が言葉を発した。


「お嬢、私はここまでです。

 しかし、こいつにはくれぐれもお気をつけください。油断なされませんように」


 龍はさりげなくヘンリーを睨みつけたあと、私の目を真っ直ぐに見つめた。


 いつもの如く、龍は定位置から流華を見送ってくれる。


 いつもと違うことといえば。

 龍がヘンリーを憎い親のかたきを見るような目で睨み続けていることだ。


「龍、ありがと。今日を無事に過ごせるように祈っといて」


 私がウインクすると、龍は真顔のまま固まってしまう。


 何よ、そんなに嫌だったの?

 私のウインクで固まるなんて、失礼な奴。


 私は頬を膨らませ、龍から顔を背ける。


「さて、行くか」


 私は覚悟を決め、気合いを入れると学校へ向け歩き出した。





 そして、案の定……こうなる。

 女子たちが嬉しそうな声でヘンリーに問いかけている。


「ヘンリーって外人さん?」

「金髪に碧眼へきがんって素敵! 王子様みたいっ」

「なんで日本にいるの?」


 教室の一角に、人だかりが形成されている。その中心にいるのはヘンリーだ。

 大勢の女子たちが群がり、ヘンリーは完全に包囲されている状態になっていた。


 どこぞのアイドルかよ、と私は密かに心の中で突っ込みを入れる。


 彼の美しい容姿を、女子たちは放っておかないだろう。とは思っていたが、予想以上だ。

 クラスの女子のほとんどが群がる、ハーレム状態と化している。

 隣のクラスからも覗きに来ている女子たちが、ドア付近にたむろしている始末。


 しかし、それ以上に予想を超えていたのは、ヘンリーの女子への扱いだった。


「うん、僕はみんなの王子だよ。みんな可愛いね。

 僕嬉しいよ、こんな素敵なレディたちに囲まれて」


 そう言ってヘンリーは王子様スマイルを振りまいている。

 女子たちの悲鳴が教室にこだまする。皆がうっとりした瞳をヘンリーに向けていた。

 あんな王子みたいな、っていうか王子だけど。そんな人から愛をささやかれたら、普通の女子はやられてしまうだろう。


 ま、私は普通じゃないからやられないけどさ。

 なんだ、ヘンリーは別に私じゃなくても若い女の子なら誰だっていいんじゃない。


 私はヘンリーを横目で睨む。


「流華、どうしたの? 不機嫌そうな顔してぇ」


 突然背後から抱きしめてきた貴子が、ニヤニヤしながら私の顔を覗き込んできた。


「え? 別に……私、不機嫌じゃないよ」

「気づいてないの? さっきから眉間に皺が寄ってるよ」


 そう言われて、私は眉間に手を当てた。

 確かに、いい気分ではないことは確かだった。


「あの子でしょ? タイムスリップしてきた王子って」


 貴子がヘンリーに視線を送る。


「……まぁ」

「流華の運命の彼よね?」

「はぁ?」


 私が心底あきれたように貴子を見つめる。


「だって、あんたが龍さん以外で触れることを許した男なんて、ヘンリー以外いないじゃない。それって大事件よ!

 私的には、龍さんかヘンリーが流華の運命の相手だと思ってる。

 今のところ、ヘンリーが有力よね。なんたって、タイムスリップしてきたってのが強いわ」


 貴子は変わった人種である。人より少し、いやかなり考えがおかしい。

 メルヘンチックというかなんというか、少し妄想癖があるようだ。


「まあ、確かに。ヘンリーについては何かこう、わかんないけど、不思議な気持ちを感じるんだよね。

 ……ところで、なんでそこで龍が出てくるかな」


 私は訳がわからないという表情で貴子を見つめる。


「当然でしょ、彼はあなたのナイトなんだから! 

 あー、突然現れた王子様か、ずっと守ってきてくれたナイトか。さあ、流華、あなたはどちらを選ぶの?」


 貴子は両手を広げ、どこか遠くを見つめている。


 何考えてるんだか、もう勝手にして。

 私は貴子を放っておくことにした。きっと今は何を言っても通じない。




 女子たちの包囲網をなんとかくぐり抜けたヘンリーが、こちらへと近づいてきた。


「流華、学校って楽しいね。みんな優しいし」


 ヘンリーが笑顔で私に話しかけてくる。

 その後ろから、ぞろぞろと女子達の集団がこちらへ向かってくるのが視界に入った。

 私はあっという間に女子たちに取り囲まれてしまう。


 なんだかすごーく嫌な予感がするんだけど。


 女子たちに視線を送ると、皆の視線と次々に絡まり合う。


「ねえ、如月さん。ヘンリーとはどういう関係なの?」


 集団のリーダー格らしき女生徒が私に尋ねてきた。


 ほら、やっぱりこうくるでしょ?

 だから、女子の集団って苦手なんだよね。


 私は爽やかな笑顔を振りまき、なんとかこの場をしのぐことに努めることにした。


「うん、遠い親戚でね。

 日本のことを学びたいっていうヘンリーの世話を、家族に頼まれたんだ」


 これは事前に考えておいた言い訳。これが一番無難なとこだろう。


「ってことは、如月さんの家で一緒に暮らしてるの?」


 女子の目つきが変わった。注がれる視線が痛い。


「まあ……そう、なるかな?」

「ふーん」


 女子たちは不満そうな顔をする。

 その中には羨ましがる者もいたが、心の中では私への敵意がき出しなのが見え見えだった。


「流華、すごいね、大人気だね!」


 流華の周りには、女子たちによる人だかりができていた。

 ヘンリーはこれを、流華の人望ゆえだと勘違いしている様子だった。


 いや、あんたのせいだから!

 私の心の叫びは、誰にも届かず消えていく。



 それからというもの、ヘンリーは女子だけじゃなく、男子からも人気を集めることになる。

 そのフレンドリーさと可愛らしい人柄から、すぐにみんなの輪の中心となっていった。

 変な言動も、外国人だからという理由で皆が許容しているようだった。


 彼は初日から、皆の心を捉え離さない存在となった。



 こうして、たった一日で、ヘンリーはクラスの人気者という称号を得ることになった。


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