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第8話 祖父とヘンリー

「おかえりーっ」

「おう流華、お土産あるぞ」


 学校から急いで家へ帰った私の目は、点になっていた。


 玄関へ入った途端に、楽し気な声が聞こえてきた。私はすぐにそちらへと駆けていく。

 すると、とんでもない光景が目に飛び込んできたのだ。


 居間で、ヘンリーと祖父が仲良くお酒をみ交わしている。

 あ、ちなみにヘンリーはジュースだ。


 机を挟み、向かい合わせに座った二人は酒とつまみを前に、私に微笑みかけてきた。


「いったい……どういうこと?」


 私はこの事態がなぜ起こっているのかわからなくて、目をしばたたかせた。


「私が説明いたします」


 いつの間にか背後にいた龍が、私にそっと耳打ちしてきた。



 詳細はこうだ。


 祖父はたまたま予定より早く旅行を切り上げ、家へ帰還した。すると、家の中をうろついていたヘンリーに出くわす。

 はじめ驚いた祖父はヘンリーを捕らえた。しかし、ヘンリーがタイムスリップしてきたことを知ると、祖父の態度が一変したらしい。

 興味深そうにヘンリーの話を聞き、故郷のことやこちらへ来てからの感想など、根掘り葉掘り聞いていたそうだ。


 昔から祖父はそういうところがあった。


 いつも好奇心溢れた少年のような心をもち、人生に楽しみと面白さを求めている。

 きっと祖父の好奇心に、ヘンリーはマッチしたのだろう。


 それから、祖父とヘンリーは仲良く話し込んでいたそうだ。


 そこへ私が帰還した、というのが龍から聞かされた大まかな流れ。



 なるほどね……なんとなく想像できる。


 私があきれながら二人を見つめていると、祖父がとんでもないことを言い出した。


「なあ、流華よ。ヘンリーもおまえと一緒に学校へ行かせてみてはどうだ?」

「は!?」

「何を言っているのですか!」


 私と共に、龍も驚いて目をいた。

 祖父が突拍子もないことを言うのには慣れていたが、今回はさすがの私も驚いた。


「ヘンリーも家ばっかりではつまらんだろうて。

 流華と楽しい学校生活をエンジョイじゃ!」


 薄っすらと顔を赤らめた祖父がノリノリで拳を上に振り上げた。


「流華と一緒? なら行きたい!」


 ヘンリーは前のめりになり、祖父の手を取り握り締める。


「いや、いや、ちょっと待って! そんな簡単にっ」


 私は慌てて止めようとするが、祖父は豪快に笑い飛ばした。


「大丈夫、大丈夫! いろんな学校の手続き関係はわしがなんとかする」

「いや、まあ、そうだろうけど。そういうことじゃなくて、ヘンリーが学校に行ったら騒ぎになるよ」

「どうして? 僕、流華とずっと一緒にいたい。学校一緒に行く!」


 急に立ち上がり、今度は私の手を握り締めるヘンリー。

 その美しい瞳を私に向け、至近距離から見つめてくる。


「いい加減にしろっ!」


 龍がヘンリーの顔を持ち、私からグイッと遠ざける。

 ヘンリーの首がもげそうなほど後ろに曲がっているけど、大丈夫なのだろうか。


「酷いー! 大吾、見た? いつもこうやって龍が僕と流華の邪魔するんだよっ」


 ヘンリーが助けを求めるように、祖父を見つめる。


 大吾? もう呼び捨て。

 そんなに仲良くなったの? しかもいつの間にか龍も呼び捨てだし。


 龍へ視線を向けると、また龍のこめかみに血管が浮き出ている。


「それはいかんなあ。

 異国から来た年下の子をいじめるなんて、男のすることではない。

 龍、ヘンリーにもっと優しくするんじゃ」


 勢いを削がれた龍は、困ったような、複雑そうな表情を浮かべ祖父を見た。


「し、しかし、お嬢に馴れ馴れしくするので。

 昔言われましたよね? お嬢に変な虫がつかないように守れと」


 龍の言葉に私は驚き、祖父と龍を睨みつけた。

 何、それ? 私はそんな話知らない。また二人で勝手に決めて。


 龍に抗議された祖父は、少し考える素振りを見せた。


「ふむ、確かに言ったな。しかし、ヘンリーは悪い虫じゃあない。

 なかなかのイケメンじゃし、王子だし、優しそうだし、なかなか話もできる。

 何より流華を愛しておる。わしのお眼鏡には叶っとるよ」


 その言葉を聞いた龍は、激しくショックを受け、打ちのめされたようにひざまずいた。

 絶句し、下を向いたまま黙り込んでしまう。


 激しく落ち込む龍の背中には、悲壮感が漂っている。

 あまりの龍の憔悴しょうすいぶりに、私は何も声をかけられなかった。


 祖父の態度の変化にきっとついていけないのだろう。可哀そうに。

 おじいちゃんは本当に気まぐれなんだから。


 龍のことはしばらくそっとしておこう。


「あのね、おじいちゃん。

 こちらの常識がよくわかってない子を学校へ連れて行ったら、ごちゃごちゃするんじゃないかな。それに、ヘンリーの容姿も目立つし、きっと学校で噂になっちゃうよ」

「いいではないか! 若い時はいろんなことに揉まれて成長するもんじゃ。ヘンリーも、流華も揉まれてこい!」


 豪快に笑い飛ばす祖父に、私は辟易へきえきする。


 いや、そりゃ、あなたはいいかもしれないけど、面倒みるのは私なのよ!

 と言いたかったが、言う間もなくヘンリーと祖父は二人で盛り上がってしまっている。


「やったー。明日から流華とずっと一緒だあ!」

「よかったな、ヘンリー。青春してこーいっ」


 もうこうなったら誰にも止められない。

 うちの祖父は、一度決めたことはなかなかくつがえすことはない。


 盛り上がりを見せるヘンリーと祖父。


 ひっそりと端の方で落ち込んでいる龍。


 そんな三人を尻目に、私は一人、深いため息をつくのだった。


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