昼休み。私は屋上で貴子と二人、お弁当を食べる。
教室という空間がどうも馴染めなくて、私たちはいつもこの屋上に足を運んでいた。
生徒たちが発する騒がしさや大勢の人の気配。そんなものが
ガヤガヤしたあの空間より、静かにいられるここが落ち着く。
こういうところも、貴子と私は気が合っていた。
青空の下、ベンチに座り、お弁当を広げる。
この瞬間、いつも心が
今日はどんなお弁当かなっと。
お弁当の蓋を開けると、そこには、色とりどりのおかずたちが芸術品のように並び、その美味しさをアピールしてくる。
「わぁーお! 龍さん、頑張ったわねっ。羨ましい!」
お弁当を覗き込んだ貴子が、ウキウキとした明るい表情を私に向けてきた。
いつものことなので、私は軽く受け流す。
それにしても……。
と、私はお弁当を見つめた。
美味しそうな料理に目を奪われ、私はゴクリと唾を吞んだ。
お弁当は、毎日龍が作っていた。
どうやら龍は料理の才能もあるようだ。
本当に何でもできる奴だよね……ちょっと羨ましい。
はあ、と一つ息を吐く。
私はあまり料理が得意ではない、というか苦手だ。
手間暇かけて作っても、一瞬で人の胃袋の中に消えてしまう。さらに、後片付けも面倒だ。そこまでして作りたいと、どうしても思えないのだ。
私はもう一度、お弁当に目を落とした。
どこぞのカリスマ主婦が作ったのではないか、というような可愛らしいお弁当。
これをあの龍が作ったなんて、言わなければ絶対にわからない。
手の込んだお弁当を作ってくれる龍に、感謝する毎日だった。
「愛ねー」
貴子がつぶやく。
「は?」
「ふっふっふー。で、何があったか白状なさい」
意味深な笑みを見せたあと、貴子がその大きな目で私を見つめる。
彼女の薄ら笑いは置いとくとして。
どうやら貴子は、私のため息の原因が知りたいようだ。
まあ、貴子になら言ってもいいか……。
彼女は絶対誰かに言いふらしたり、私のことを悪く思ったりしないという信頼がある。
私は昨日起こった摩訶不思議な出来事を、貴子に聞かせることにした。
「えーーー! すっごーい! そんなことってあるのねぇ」
貴子は目を輝かせ、一人で大騒ぎだ。
「そんな気楽に言わないでよ。結構大変なんだから」
私が少し不機嫌そうな表情をすると、貴子は軽く謝ってきた。
「でもさぁ、タイムスリップしてきたのが王子様なんて、なんだか素敵じゃない!
それに、初対面で手を握られても、抱きしめられても嫌じゃなかったんでしょ?」
何を期待しているのか、貴子はワクワクした表情で私に問いかけてくる。
本当はキスもされたけど、それは黙っておこう。余計に話がこじれそうだし、貴子がうるさそう……。
それに、あれは事故みたいなものだしね。
私は腕組みし、考え込んだ。
「うーん、まあ。私って変わってるからな……」
そう、私はまだ恋もしたことがないし、好きな人がいたこともない。
そりゃ、芸能人見て、格好いいとか綺麗だなとか思うことはあるけど。それだけ。
あんな感情を誰かに抱いたのは初めてで、私自身戸惑うばかりだ。
「それにほら、龍にされても嫌じゃないし、同じでしょ?」
何気なくさらっと言った言葉に、貴子が激しく反応する。
驚愕したような表情の貴子が、大きな瞳で鼻息荒く私に詰め寄ってくる。
「流華! 龍さんにも抱きしめられたことあるの!?」
「いや、抱きしめられるっていうか、触れることはあるじゃない? それは嫌じゃないし」
「それは龍さんだからでしょ! 龍さんは別でしょ」
なぜか自信ありげに頷く貴子。
まあ、龍は家族みたいなもんだしね。
それ以外で男性と触れ合ったことなんて、今までなかったし。
組には男性がたくさんいるけれど、私に触れてくる者はいなかった。いつでも龍が私の傍にいるからか、誰も私に近寄ってこない。
たまに私と誰かが話していると、突如として龍が現れ、他の者達はさーっと散っていく。
もちろん学校では私を恐れ、誰も近寄ってこないし。
外を出歩くときは、いつも龍が付き添っている。
こんな状態では誰とも触れ合う機会なんてないでしょ。
「龍さん以外で、そう思えることがすごいんじゃない」
どや顔の貴子がまた私にぐいっと迫ってきた。
「まあ……そうかもね。
ヘンリーのことは嫌じゃないかな、触れると安心するっていうか」
「きゃーっ、すごいじゃん! 何、それ! なんだか恋人同士みたい。もしかして前世で恋人だったとか」
貴子は一人で妄想し、キャッキャと騒ぎ、喜んでいる。
前世ねえ、そんな夢物語みたいな。ってタイムスリップが既に夢物語だけど。
「ねえ、今度、ヘンリー王子に会わせてよっ」
貴子はすごく頑固で、自分が言い出したことは絶対に曲げない。
ここは素直に了承するのが得策だろう。
「い、いいけど……変なこと言わないでよね」
「はーいっ」
私がどこか怪しげに貴子を見つめると、彼女は嬉しそうに頷いた。
なんだか、ちょっと不安だけど……まあいいか。
確かに、ヘンリーについてはわからないことばかりだ。
タイムスリップだとか、前世だとか、私にはよくわからない。
でも、ヘンリーのことはすごく気になる。
なんだか心惹かれるというか、出会った時から彼のことが気になって仕方がない。
側にいることを望んでいるような、触れ合うと心が温かくなる不思議な感覚。
これは私が望んでいること?
……それがよくわからないんだよね。
心の奥底から湧き出てくる感覚というか、誰か別の感情のような。
これは一体なんなんだろう。
隣で楽しそうにはしゃぐ貴子を尻目に、私は一人青空を見上げ首を傾げた。