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第7話 屋上とお弁当

 昼休み。私は屋上で貴子と二人、お弁当を食べる。


 教室という空間がどうも馴染めなくて、私たちはいつもこの屋上に足を運んでいた。


 生徒たちが発する騒がしさや大勢の人の気配。そんなものが蔓延まんえんしている教室にいると、神経がすり減ってしまう。

 ガヤガヤしたあの空間より、静かにいられるここが落ち着く。


 こういうところも、貴子と私は気が合っていた。


 青空の下、ベンチに座り、お弁当を広げる。

 この瞬間、いつも心がおどる。


 今日はどんなお弁当かなっと。


 お弁当の蓋を開けると、そこには、色とりどりのおかずたちが芸術品のように並び、その美味しさをアピールしてくる。


「わぁーお! 龍さん、頑張ったわねっ。羨ましい!」


 お弁当を覗き込んだ貴子が、ウキウキとした明るい表情を私に向けてきた。

 いつものことなので、私は軽く受け流す。


 それにしても……。

 と、私はお弁当を見つめた。


 美味しそうな料理に目を奪われ、私はゴクリと唾を吞んだ。


 お弁当は、毎日龍が作っていた。

 どうやら龍は料理の才能もあるようだ。

 本当に何でもできる奴だよね……ちょっと羨ましい。


 はあ、と一つ息を吐く。


 私はあまり料理が得意ではない、というか苦手だ。

 手間暇かけて作っても、一瞬で人の胃袋の中に消えてしまう。さらに、後片付けも面倒だ。そこまでして作りたいと、どうしても思えないのだ。


 私はもう一度、お弁当に目を落とした。

 どこぞのカリスマ主婦が作ったのではないか、というような可愛らしいお弁当。


 これをあの龍が作ったなんて、言わなければ絶対にわからない。


 手の込んだお弁当を作ってくれる龍に、感謝する毎日だった。


「愛ねー」


 貴子がつぶやく。


「は?」

「ふっふっふー。で、何があったか白状なさい」


 意味深な笑みを見せたあと、貴子がその大きな目で私を見つめる。

 彼女の薄ら笑いは置いとくとして。


 どうやら貴子は、私のため息の原因が知りたいようだ。


 まあ、貴子になら言ってもいいか……。

 彼女は絶対誰かに言いふらしたり、私のことを悪く思ったりしないという信頼がある。


 私は昨日起こった摩訶不思議な出来事を、貴子に聞かせることにした。




「えーーー! すっごーい! そんなことってあるのねぇ」


 貴子は目を輝かせ、一人で大騒ぎだ。


「そんな気楽に言わないでよ。結構大変なんだから」


 私が少し不機嫌そうな表情をすると、貴子は軽く謝ってきた。


「でもさぁ、タイムスリップしてきたのが王子様なんて、なんだか素敵じゃない!

 それに、初対面で手を握られても、抱きしめられても嫌じゃなかったんでしょ?」


 何を期待しているのか、貴子はワクワクした表情で私に問いかけてくる。


 本当はキスもされたけど、それは黙っておこう。余計に話がこじれそうだし、貴子がうるさそう……。

 それに、あれは事故みたいなものだしね。


 私は腕組みし、考え込んだ。


「うーん、まあ。私って変わってるからな……」


 そう、私はまだ恋もしたことがないし、好きな人がいたこともない。

 そりゃ、芸能人見て、格好いいとか綺麗だなとか思うことはあるけど。それだけ。


 あんな感情を誰かに抱いたのは初めてで、私自身戸惑うばかりだ。


「それにほら、龍にされても嫌じゃないし、同じでしょ?」


 何気なくさらっと言った言葉に、貴子が激しく反応する。

 驚愕したような表情の貴子が、大きな瞳で鼻息荒く私に詰め寄ってくる。


「流華! 龍さんにも抱きしめられたことあるの!?」

「いや、抱きしめられるっていうか、触れることはあるじゃない? それは嫌じゃないし」

「それは龍さんだからでしょ! 龍さんは別でしょ」


 なぜか自信ありげに頷く貴子。


 まあ、龍は家族みたいなもんだしね。

 それ以外で男性と触れ合ったことなんて、今までなかったし。


 組には男性がたくさんいるけれど、私に触れてくる者はいなかった。いつでも龍が私の傍にいるからか、誰も私に近寄ってこない。

 たまに私と誰かが話していると、突如として龍が現れ、他の者達はさーっと散っていく。


 もちろん学校では私を恐れ、誰も近寄ってこないし。

 外を出歩くときは、いつも龍が付き添っている。


 こんな状態では誰とも触れ合う機会なんてないでしょ。


「龍さん以外で、そう思えることがすごいんじゃない」


 どや顔の貴子がまた私にぐいっと迫ってきた。


「まあ……そうかもね。

 ヘンリーのことは嫌じゃないかな、触れると安心するっていうか」

「きゃーっ、すごいじゃん! 何、それ! なんだか恋人同士みたい。もしかして前世で恋人だったとか」


 貴子は一人で妄想し、キャッキャと騒ぎ、喜んでいる。


 前世ねえ、そんな夢物語みたいな。ってタイムスリップが既に夢物語だけど。


「ねえ、今度、ヘンリー王子に会わせてよっ」


 貴子はすごく頑固で、自分が言い出したことは絶対に曲げない。

 ここは素直に了承するのが得策だろう。


「い、いいけど……変なこと言わないでよね」

「はーいっ」


 私がどこか怪しげに貴子を見つめると、彼女は嬉しそうに頷いた。


 なんだか、ちょっと不安だけど……まあいいか。



 確かに、ヘンリーについてはわからないことばかりだ。

 タイムスリップだとか、前世だとか、私にはよくわからない。

 でも、ヘンリーのことはすごく気になる。


 なんだか心惹かれるというか、出会った時から彼のことが気になって仕方がない。

 側にいることを望んでいるような、触れ合うと心が温かくなる不思議な感覚。


 これは私が望んでいること?

 ……それがよくわからないんだよね。

 心の奥底から湧き出てくる感覚というか、誰か別の感情のような。

 これは一体なんなんだろう。


 隣で楽しそうにはしゃぐ貴子を尻目に、私は一人青空を見上げ首を傾げた。


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