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第31話 とりあえず先延ばし

 月曜日。


 僕は朝、体育館に呼び出された。青手木に。

 もちろん、あの後、結婚式は取り止めになった。


 青手木のお母さんが笑いながら、僕のところにやってきて「娘をよろしくねー」と言ったのが、印象的だった。

 雄一には「本人が望んでないなら、結婚は白紙ね」とスッパリと言っていた。


 うーん。あの人、なんか憎めないんだよな。


 で、最後に一言。


「千金良くん。シオと結婚しても良いから、私の愛人にならない?」


 まあ、丁重にお断りさせていただいた。

 どんなエロゲーだよ。


 あと、そうそう、青手木は学校を辞めるのも取り消した。

 正式に学校を退学する日は今日だったので、問題なかったそうだ。

 まあ、あいつは学校を辞めなくても、ほとんど来ないんだろうけど。


「イノリさん」


 青手木が体育館のドアを開けて、入ってくる。

 もちろん、今はホームルーム中の時間なので体育館には誰もいない。


「いきなり呼び出して、申し訳ありません」


 深々と頭を下げる青手木。


「別にいいさ」

「……婚姻届は持ってきていただけたでしょうか?」

「ああ、これだろ?」


 僕は言われた通り、セロテープだらけの、僕と青手木の名前が書かれた結婚届けを出した。


「失礼します」


 受け取った青手木は、いきなり破きだした。


「お、おい! なにすんだよ!」

「イノリさん」


 青手木が不意に、僕の胸に飛び込んでくる。


「あ、青手木?」


 青手木が顔を上げる。

 顔が近い。お互いの息がかかるほどに。


「イノリさんは、言ってくれました。私に、好きという気持ちを教えてくれると」

「あ、ああ……」

「それは、もう必要ありません」

「え?」

「だって、もう、わかりましたから。好きになる気持ちというものが」

「……」

「イノリさん、大好きです」

「……青手木」

「でも、もう一つ、イノリさんは言いました。結婚は好きな人同士でするものだと」

「う、うん」

「イノリさんが、私のことを好きじゃないってことはわかってます。私の結婚を止めたのは、愛情じゃなく、私への同情だったんですよね?」

「い、いや……それは……」

「だから、今度は、私がイノリさんを惚れさせて見せます」

「……」

「そしたら……。その時は、私と結婚してくれますか?」


 あの、青手木が頬を染めていた。恥ずかしそうな表情で僕を見上げている。


「あ、う、うん……」


 僕は思わず、そう答えてしまった。

 突然、青手木がキスしてきた!


「……っ!」


「それでは、結婚前提のお付き合いからお願いしますね」


 そう言って――笑った。


 初めて見る、青手木の笑顔。


 それは……そう、月見里さんに匹敵するくらいの可愛いさだった。

 でもさ、青手木。

 付き合うのも、お互い好き同士じゃないとダメなんだぜ。


 ……でも、ま、いいか。


 その時だった。


 バン! と勢い良く、体育館のドアが開く。


「イノリくん、いい度胸だね。付き合って四日で、浮気ですか」


 こめかみに血管を浮き出した月見里さんが、そこに立っていた。

 その手にはモップを持っている。

 モップは掃除道具なはずなのに、凶器にしか見えない不可思議。

 これは、学校の七不思議に加えないといけないな。


「い、いや、その、月見里さん、これは……」

「言い訳無用! 天誅―――――!」

「ぎゃーーーーー」


 月見里さんがモップを振り上げて襲ってきたのだった。




 結婚。


 それは、誰でも一度は夢見るもの。

 もちろん、僕もそうだ。

 結婚してみたい。そう思うことはある。


 ある。

 確かに、ある。


 けど、それはまだまだ先の話で、今ではない。

 でも。

 それでもやっぱり僕は……僕たちは。


 結婚に憧れているのだった。

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