月曜日。
僕は朝、体育館に呼び出された。青手木に。
もちろん、あの後、結婚式は取り止めになった。
青手木のお母さんが笑いながら、僕のところにやってきて「娘をよろしくねー」と言ったのが、印象的だった。
雄一には「本人が望んでないなら、結婚は白紙ね」とスッパリと言っていた。
うーん。あの人、なんか憎めないんだよな。
で、最後に一言。
「千金良くん。シオと結婚しても良いから、私の愛人にならない?」
まあ、丁重にお断りさせていただいた。
どんなエロゲーだよ。
あと、そうそう、青手木は学校を辞めるのも取り消した。
正式に学校を退学する日は今日だったので、問題なかったそうだ。
まあ、あいつは学校を辞めなくても、ほとんど来ないんだろうけど。
「イノリさん」
青手木が体育館のドアを開けて、入ってくる。
もちろん、今はホームルーム中の時間なので体育館には誰もいない。
「いきなり呼び出して、申し訳ありません」
深々と頭を下げる青手木。
「別にいいさ」
「……婚姻届は持ってきていただけたでしょうか?」
「ああ、これだろ?」
僕は言われた通り、セロテープだらけの、僕と青手木の名前が書かれた結婚届けを出した。
「失礼します」
受け取った青手木は、いきなり破きだした。
「お、おい! なにすんだよ!」
「イノリさん」
青手木が不意に、僕の胸に飛び込んでくる。
「あ、青手木?」
青手木が顔を上げる。
顔が近い。お互いの息がかかるほどに。
「イノリさんは、言ってくれました。私に、好きという気持ちを教えてくれると」
「あ、ああ……」
「それは、もう必要ありません」
「え?」
「だって、もう、わかりましたから。好きになる気持ちというものが」
「……」
「イノリさん、大好きです」
「……青手木」
「でも、もう一つ、イノリさんは言いました。結婚は好きな人同士でするものだと」
「う、うん」
「イノリさんが、私のことを好きじゃないってことはわかってます。私の結婚を止めたのは、愛情じゃなく、私への同情だったんですよね?」
「い、いや……それは……」
「だから、今度は、私がイノリさんを惚れさせて見せます」
「……」
「そしたら……。その時は、私と結婚してくれますか?」
あの、青手木が頬を染めていた。恥ずかしそうな表情で僕を見上げている。
「あ、う、うん……」
僕は思わず、そう答えてしまった。
突然、青手木がキスしてきた!
「……っ!」
「それでは、結婚前提のお付き合いからお願いしますね」
そう言って――笑った。
初めて見る、青手木の笑顔。
それは……そう、月見里さんに匹敵するくらいの可愛いさだった。
でもさ、青手木。
付き合うのも、お互い好き同士じゃないとダメなんだぜ。
……でも、ま、いいか。
その時だった。
バン! と勢い良く、体育館のドアが開く。
「イノリくん、いい度胸だね。付き合って四日で、浮気ですか」
こめかみに血管を浮き出した月見里さんが、そこに立っていた。
その手にはモップを持っている。
モップは掃除道具なはずなのに、凶器にしか見えない不可思議。
これは、学校の七不思議に加えないといけないな。
「い、いや、その、月見里さん、これは……」
「言い訳無用! 天誅―――――!」
「ぎゃーーーーー」
月見里さんがモップを振り上げて襲ってきたのだった。
結婚。
それは、誰でも一度は夢見るもの。
もちろん、僕もそうだ。
結婚してみたい。そう思うことはある。
ある。
確かに、ある。
けど、それはまだまだ先の話で、今ではない。
でも。
それでもやっぱり僕は……僕たちは。
結婚に憧れているのだった。