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第30話 奪還

 時々、自分の頭がおかしいんじゃないかって思う。

 ホント、有り得ねえって。


 日曜。午前十一時半。

 僕は、今、教会の前にいます。


 もちろん、弓道の大会の会場が教会というわけじゃない。

 周りには、礼服を着た人がいっぱいいる。

 その中で、私服の僕は目立つこと、この上ない。

 よくつまみ出されないものだ。


 間もなく結婚式が始まるはずだ。

 神父さんらしい人が出てきたし。

 それにしても天気良いなぁ。まさに弓道日和。

 今頃、屋内で弓道をしている月見里さんは、さぞかしいい気分で矢を放っているだろう。


 ……すいません。現実逃避しました。


 なんで、こっちに来たか。


 正直、僕自身もわからない。


 いや、きっと気持ちの整理をつけたかったんだと思う。

 確かに青手木には色々迷惑をかけられたし、あいつに関わってから大変だった。


 でも、あいつは僕や月見里さんと同じだ。ずっとひとりだった。

 ……いや、ひとりでいた時間は僕や月見里さんより長かっただろう。

 そんな青手木に、僕はシンパシーを感じていたのかもしれない。


 だから、見届けたかったんだと思う。

 最後には幸せになれるんだろうか、と。


 ……結果は見えてるのに。

 ある意味、僕は絶望を見に来ているようなものだ。


 ……とんだドMさんだな、僕は。


 突然、音楽が鳴り響く。と、同時に拍手と歓声があがる。

 青手木がウェディングドレス姿で赤い絨毯を歩いていく。

 普通、脇には父親が付き添ったりしそうなものだが、一人で歩いている。

 娘の結婚式だからと、来るような父親ではないようだ。


 それにしても、相変わらずの無表情だな。

 もう少し嬉しそうな顔をしたらどうなんだ?

 門出だろ?


 青手木が神父の前で立ち止まる。

 曲が止まり、違う曲が流れ始める。


 そして、今度は雄一がタキシード姿でやってくる。


 けっ! 格好つけてんじゃねーよ。

 おっさんが!


 雄一も一人で赤い絨毯の上を歩き、青手木の隣で立ち止まる。


 なんで、こんなに心臓が痛ぇんだよ。

 くそっ!


 神父がなにやら言っている。

 どうせ、「健やかなときも、病めるときも」とか定型文を言ってるんだろうけどな。


 全然、聞こえねえ。

 てか、なんだ? すげームカつく。

 雄一の顔を見たからか?

 ほんの二、三日前に殴られたんだよな。


 いや、あの時よりムカツキ度が高けぇ。

 なんで、お前が青手木の隣にいるんだよ!

 お前、青手木のこと、好きじゃねえんだろ!


 隣に立つなよ!

 そこに立っていいのは、青手木が好きで、青手木を幸せにできる奴だけだ!


「それでは、誓いのキスを」


 神父がそう言った。

 その言葉だけは、ハッキリと聞こえた。

 突然、僕の頭に、あの日の青手木の顔が浮かぶ。


 僕の隣で「ひとりは嫌です」と言った青手木の顔。


 ひとりは嫌だから、結婚して家族が欲しいと言っていた青手木。


 でも、あいつと……雄一と結婚したところで青手木はひとりのままだ。

 幸せなんて、絶対になれない。


 おいおい。だから、どーしたって話だよ。

 大体、青手木がそれで良いって言ったんだぞ。

 それに僕にはどうすることもできない。


 雄一が青手木のベールを上げる。


 くそ、くそ、くそ!

 なんだよ!

 見たくないなら、立ち去ればいいだけだろ!

 なんなんだよ、僕は!


 青手木が目をつぶった。


 雄一も目をつぶり、青手木の唇に顔を近づけていく。

 そして、二人の唇が重なる……直前だった。


「ちょっと待てよっ!」


 誰かが叫んだことで、雄一はその動きを止めた。


 よし! 偉いぞ! ナイスだ!


 それにしても、一体誰だ? この最高の仕事をしたのは?


 ……僕だった。


 気づいたら、僕は赤い絨毯の上へと踊り出ていた。

 一斉に、みんなの視線が集まる。

 僕は目をつぶり、深呼吸する。


 落ち着いた。

 これが僕のリラックス法だ。


 僕は青手木の前へと歩く。


「小僧、また殴られたいのか?」


 雄一が恨めしそうに睨んでくる。


 ふん。ムカつくか?

 まあ、式を邪魔されたんだから、当然か。

 ざまあみろ。


「青手木、お前、本当にこれでいいのか?」


 青手木が目を開き、僕を見る。なんの感情もこもっていない、無表情で。


「前にも言った。私は満足してる」

「青手木……」

「おい! 早く、こいつをつまみ出せ!」


 雄一の声で、ハッと我に返ったのか、脇に控えていた体格の良い男たちがやってきて、僕の腕を掴む。


「離せ!」


 僕は必死に、その手を振りほどく。


「青手木! 僕が結婚してやる! だから、この結婚はやめろ!」

「……」

「ふん。ガキが馬鹿なことを」

「こいつは、お前の金と体が目的なんだ!」


 大声で言ってやった。


「き、貴様!」


 おお。怒ってる、怒ってる。

 けど、ホントのことだろ?

 オプションで、体が目的というのもつけてやったぞ。

 感謝しろ。


「……あなたも一緒でしょ」


 青手木がつぶやく。


 ……ああ。確かにそう言ったことあるね。

 てか、よく覚えんな。

 お前のそういうところ、面倒くせえよ。


「気が済んだか、ガキ? 後でどうなるか、わかってるだろうな? おい、早く、連れていけ!」

「はっ!」


 今度は四、五人がやってきて、僕の体をつかむ。

 振りほどこうとしても、ビクともしない。

 ズルズルと引きずられていく。


 待て。まだ僕は……。

 青手木は雄一の方を向き、目を閉じる。


「早く、続きを」

「あ、ああ」


 再び、キスをしようとする二人。


「僕は、絶対にお前を一人にしない!」


 青手木が目を開き、僕の方を見る。


「僕は言ったよな! 結婚は好きな人同士でするものだって。で、お前は答えた。好きになるっていうのがどういうことかわからないって」


 無言でうなずく青手木。


「僕が教えてやる!」

「え?」

「僕がお前を惚れさせてやる! だから、結婚するなっ!」

「……」


 静まり返る式場。


 ここだ。

 このタイミングだ。僕はポケットに手を入れる。


「青手木。お前、雄一との結婚届けは出したのか?」


 ゆっくりと首を振る青手木。


「じゃあ、お前は結婚できない」

「な、何を言ってるんだ? お前」


 雄一が顔をしかめる。

 僕はポケットから一枚の紙を出す。

 昨日、徹夜してつなぎ合わせたもの。


 ――結婚届け。


「青手木! お前の負けだ。僕と結婚しろ」

「ふふ……。ホント、馬鹿なガキだ。そんなもの、この場で奪い取ればいいだろ」


 ……あ、しまった。


「おい、早く連れていけ、ついでにその紙も奪い取っておけ」

「はい」


 ズルズルと僕は引きずられていく。


 万事休す。

 作戦は失敗に終わりました。


「待って!」


 大きな声だった。

 はっきりと意志がこもった声。


 だから、僕は最初、その声が青手木のものだと気づかなかった。

 あいつがあんな声を出すなんて思わなかったのだ。


「その人から手を離して」


 今度は普通の大きさの声だったが、迫力があった。

 男たちも思わず、僕から手を離す。

 青手木が僕の前に歩いてくる。


 そして、僕の目の前で立ち止まり、ジッと僕を見た。


「……青手木?」

「イノリさん」

「は、はい……」


 青手木は三つ指ついて頭を下げる。


「不束者ですが、宜しくお願いします」

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