時々、自分の頭がおかしいんじゃないかって思う。
ホント、有り得ねえって。
日曜。午前十一時半。
僕は、今、教会の前にいます。
もちろん、弓道の大会の会場が教会というわけじゃない。
周りには、礼服を着た人がいっぱいいる。
その中で、私服の僕は目立つこと、この上ない。
よくつまみ出されないものだ。
間もなく結婚式が始まるはずだ。
神父さんらしい人が出てきたし。
それにしても天気良いなぁ。まさに弓道日和。
今頃、屋内で弓道をしている月見里さんは、さぞかしいい気分で矢を放っているだろう。
……すいません。現実逃避しました。
なんで、こっちに来たか。
正直、僕自身もわからない。
いや、きっと気持ちの整理をつけたかったんだと思う。
確かに青手木には色々迷惑をかけられたし、あいつに関わってから大変だった。
でも、あいつは僕や月見里さんと同じだ。ずっとひとりだった。
……いや、ひとりでいた時間は僕や月見里さんより長かっただろう。
そんな青手木に、僕はシンパシーを感じていたのかもしれない。
だから、見届けたかったんだと思う。
最後には幸せになれるんだろうか、と。
……結果は見えてるのに。
ある意味、僕は絶望を見に来ているようなものだ。
……とんだドMさんだな、僕は。
突然、音楽が鳴り響く。と、同時に拍手と歓声があがる。
青手木がウェディングドレス姿で赤い絨毯を歩いていく。
普通、脇には父親が付き添ったりしそうなものだが、一人で歩いている。
娘の結婚式だからと、来るような父親ではないようだ。
それにしても、相変わらずの無表情だな。
もう少し嬉しそうな顔をしたらどうなんだ?
門出だろ?
青手木が神父の前で立ち止まる。
曲が止まり、違う曲が流れ始める。
そして、今度は雄一がタキシード姿でやってくる。
けっ! 格好つけてんじゃねーよ。
おっさんが!
雄一も一人で赤い絨毯の上を歩き、青手木の隣で立ち止まる。
なんで、こんなに心臓が痛ぇんだよ。
くそっ!
神父がなにやら言っている。
どうせ、「健やかなときも、病めるときも」とか定型文を言ってるんだろうけどな。
全然、聞こえねえ。
てか、なんだ? すげームカつく。
雄一の顔を見たからか?
ほんの二、三日前に殴られたんだよな。
いや、あの時よりムカツキ度が高けぇ。
なんで、お前が青手木の隣にいるんだよ!
お前、青手木のこと、好きじゃねえんだろ!
隣に立つなよ!
そこに立っていいのは、青手木が好きで、青手木を幸せにできる奴だけだ!
「それでは、誓いのキスを」
神父がそう言った。
その言葉だけは、ハッキリと聞こえた。
突然、僕の頭に、あの日の青手木の顔が浮かぶ。
僕の隣で「ひとりは嫌です」と言った青手木の顔。
ひとりは嫌だから、結婚して家族が欲しいと言っていた青手木。
でも、あいつと……雄一と結婚したところで青手木はひとりのままだ。
幸せなんて、絶対になれない。
おいおい。だから、どーしたって話だよ。
大体、青手木がそれで良いって言ったんだぞ。
それに僕にはどうすることもできない。
雄一が青手木のベールを上げる。
くそ、くそ、くそ!
なんだよ!
見たくないなら、立ち去ればいいだけだろ!
なんなんだよ、僕は!
青手木が目をつぶった。
雄一も目をつぶり、青手木の唇に顔を近づけていく。
そして、二人の唇が重なる……直前だった。
「ちょっと待てよっ!」
誰かが叫んだことで、雄一はその動きを止めた。
よし! 偉いぞ! ナイスだ!
それにしても、一体誰だ? この最高の仕事をしたのは?
……僕だった。
気づいたら、僕は赤い絨毯の上へと踊り出ていた。
一斉に、みんなの視線が集まる。
僕は目をつぶり、深呼吸する。
落ち着いた。
これが僕のリラックス法だ。
僕は青手木の前へと歩く。
「小僧、また殴られたいのか?」
雄一が恨めしそうに睨んでくる。
ふん。ムカつくか?
まあ、式を邪魔されたんだから、当然か。
ざまあみろ。
「青手木、お前、本当にこれでいいのか?」
青手木が目を開き、僕を見る。なんの感情もこもっていない、無表情で。
「前にも言った。私は満足してる」
「青手木……」
「おい! 早く、こいつをつまみ出せ!」
雄一の声で、ハッと我に返ったのか、脇に控えていた体格の良い男たちがやってきて、僕の腕を掴む。
「離せ!」
僕は必死に、その手を振りほどく。
「青手木! 僕が結婚してやる! だから、この結婚はやめろ!」
「……」
「ふん。ガキが馬鹿なことを」
「こいつは、お前の金と体が目的なんだ!」
大声で言ってやった。
「き、貴様!」
おお。怒ってる、怒ってる。
けど、ホントのことだろ?
オプションで、体が目的というのもつけてやったぞ。
感謝しろ。
「……あなたも一緒でしょ」
青手木がつぶやく。
……ああ。確かにそう言ったことあるね。
てか、よく覚えんな。
お前のそういうところ、面倒くせえよ。
「気が済んだか、ガキ? 後でどうなるか、わかってるだろうな? おい、早く、連れていけ!」
「はっ!」
今度は四、五人がやってきて、僕の体をつかむ。
振りほどこうとしても、ビクともしない。
ズルズルと引きずられていく。
待て。まだ僕は……。
青手木は雄一の方を向き、目を閉じる。
「早く、続きを」
「あ、ああ」
再び、キスをしようとする二人。
「僕は、絶対にお前を一人にしない!」
青手木が目を開き、僕の方を見る。
「僕は言ったよな! 結婚は好きな人同士でするものだって。で、お前は答えた。好きになるっていうのがどういうことかわからないって」
無言でうなずく青手木。
「僕が教えてやる!」
「え?」
「僕がお前を惚れさせてやる! だから、結婚するなっ!」
「……」
静まり返る式場。
ここだ。
このタイミングだ。僕はポケットに手を入れる。
「青手木。お前、雄一との結婚届けは出したのか?」
ゆっくりと首を振る青手木。
「じゃあ、お前は結婚できない」
「な、何を言ってるんだ? お前」
雄一が顔をしかめる。
僕はポケットから一枚の紙を出す。
昨日、徹夜してつなぎ合わせたもの。
――結婚届け。
「青手木! お前の負けだ。僕と結婚しろ」
「ふふ……。ホント、馬鹿なガキだ。そんなもの、この場で奪い取ればいいだろ」
……あ、しまった。
「おい、早く連れていけ、ついでにその紙も奪い取っておけ」
「はい」
ズルズルと僕は引きずられていく。
万事休す。
作戦は失敗に終わりました。
「待って!」
大きな声だった。
はっきりと意志がこもった声。
だから、僕は最初、その声が青手木のものだと気づかなかった。
あいつがあんな声を出すなんて思わなかったのだ。
「その人から手を離して」
今度は普通の大きさの声だったが、迫力があった。
男たちも思わず、僕から手を離す。
青手木が僕の前に歩いてくる。
そして、僕の目の前で立ち止まり、ジッと僕を見た。
「……青手木?」
「イノリさん」
「は、はい……」
青手木は三つ指ついて頭を下げる。
「不束者ですが、宜しくお願いします」