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第29話 結婚式前夜

 ビシッと僕に対して指差す月見里さん。


「えっと……何をでしょう?」


 僕も立ち上がった方がいいのかな?


「告白!」

「……え?」

「私、イノリくんのこと、友達のままが良いって言ったでしょ?」

「あ、うん」


 あのときの光景が……トラウマがニュっと顔を出してきた。

 イラッとしたから、叩いてやったぜ。モグラ叩きのようにな。


「やっぱり、あれ、無しでいいかな?」

「……え?」


 月見里さんは顔を真っ赤にして、こう言った。


「私、イノリくんのこと、大好きです。付き合ってください!」

「あ、は、はい」


 間抜けな返答をしてしまった。

 ……だってさ、急だったし、物凄い勢いだったし。

 ……くそ、格好悪い。


「ホント? やったーーー!」


 月見里さんが、ピョンピョンと飛び跳ねる。


 ……でもさ、こういうのって逆じゃねえ?

 僕が告白して、喜ぶのが普通でしょ。

 僕って、本当にダメ人間だな。


 ため息をついて、月見里さんを見る。

 嬉しそうにキャッキャしてて、可愛いこの上なし。


 僕がやるのは告白までだな。

 あんな風に喜んで可愛いのは月見里さんだからだ。

 僕がやったら「あ、やっぱ、付き合うの無しで」ってことになりかねない。


「あ、そうだ!」


 月見里さんがピタリと跳ぶのを止めて、こちらに走ってくる。


「あのね、イノリくんにお願いがあるの」


 顔を赤くして、モジモジしながらチラッとこっちを見る姿が、かなりヤバイ。

 抱きしめてしまいそうだ。

 せっかく、うまくいってるんだから、ここは我慢だぞ。


「今度の日曜日、弓道の大会があるんだけど……応援に来てくれないかな?」


 今度の日曜。

 ……ふと、青手木のことが頭をよぎり、胸がチクリと痛む。


「ダメ……かな?」


 返答が遅かったせいか、不安そうな顔をする月見里さん。


「あ、いや。うん。行くよ。応援に」


 いつも行ってたんですけどね。弓道の大会。

 影から、ずっと応援してました。ストーカーのように。


「ありがと! すっごく嬉しいよ! 私、絶対、イノリくんを全国大会に連れて行ってあげる!」


 ……えっと、それって、よくある「君を甲子園に連れて行く」系な感じですか?

 いや、嬉しいけど、そろそろ、この男女逆のシュチュエーションは止めたいんですけど。


「頑張ってね。応援するよ」


 そんなこと言えるはずもない、チキンな僕でした。


「あ、そだ。忘れてた。これ!」


 月見里さんがカバンを渡してくれる。


「……これ、僕の?」

「うん。イノリくん、今日、保健室に行ったまま帰らぬ人になっちゃったでしょ。こりゃ、私が届けてあげなきゃなーって思ってさ」


 なるほど。

 で、この近くを通りかかったところに、バイオリンの音が聞こえて、公園にやってきたというわけか。


 あ、ちなみに、帰るときになって「顔、どうしたの? すごい腫れてるけど」と言われた。

 それまで突っ込まなかったのは、なんとも月見里さんらしい。


 僕が「んー。転んだ」と言うと「そっか」と笑ってくれた。

 その時、改めて思ったんだ。


 僕は月見里さんが大好きだって。




 土曜の夜。


 僕は机に向かって悩んでいた。

 視線の先には、紙吹雪に使えそうなほど細切れになった紙と、四角いはがき状の紙がある。

 まあ、言ってしまうと、青手木が破った結婚届けの残骸と、青手木の結婚式の招待状だ。


 なぜ、そんなものを僕が持っているのか?


 まず、結婚届け。

 ぶっちゃけ拾いました。

 破られて、その場に捨てられたとき。

 青手木がいなくなってから、女々しく拾い集めていたのだ。


 で、結婚式の招待状に関しては、上着のポケットに入ってた。

 確かにあの時、受け取らずに帰ったのだが、恐らく、メイドさんが隙を見てポケットに入れたんだろう。

 ……寝てたときかな? まあ、気絶していたとも言うが。


 で、本題。

 なんで、僕がこの紙たちを前に悩んでいるのか。


 ――どっちに行くか。


 いやー。

 我ながらバッカじゃねーのって思う。


 すでに婚約者じゃなくなった青手木の結婚式と、彼女である(ここ大事)月見里さんの弓道の大会。

 どう考えても、弓道の大会だろ。悩むことじゃない。


 よし! 決めた!

 僕は弓道の大会に行く。

 青手木のことなんて、知ったことか。僕には、ようやく春が訪れたんだぞ!

 これからは月見里さんとの桃色の学園生活が待っているんだからな。

 わはははは!


 ……。


 僕は大きくため息をついて、机の引き出しを開け、セロテープを出したのだった。

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