……。
「いや、チェロって言ったじゃん!」
思わず、ツッコミを入れてしまう。
「……あ」
急に、みるみると月見里さんの顔が赤くなっていく。
「いやー! トラウマえぐるのやめてー」
頭を抱え、泣きながらうずくまる月見里さん。
「あうう……。私、バイオリンをチェロだって思い込んでたの……」
シクシクと泣き声をあげている。
やっべえ、可愛い。萌える。
にしても、バイオリンとチェロを間違えるって……。
まあ、確かにフォルムは似てるけど……大きさ全然違うじゃん。
「そ、それにさ、イノリくん、三年前のこと全然話てこないから、てっきりソックリさんだとばかり……」
……いやぁ。いないでしょ。
そんなソックリさん。
大体、世界に三人、自分と同じ顔がいるってよく言われるけど、実際、そういう人、見たことないんだよな。
「私ね、聖将学園に入ったのも、実はバイオリンを弾いてた人を探すためだったんだ」
「……」
おっと。
その話の流れ、どっかで聞いたことがあるんですが?
「ほら、イノリくんってさ、あの時、聖将学園駅前で弾いてたでしょ。だから、その辺に住んでるんだろうって。だから、きっと高校も、そこを選ぶんじゃないかって思ったんだ」
なんと!
月見里さんも、僕と同じ理由で高校を選びましたか。
……似た者同士ですねー。
「でもさ、一年間探したけど見つからなくて……正直、諦めかけてたんだよ。そんなとき、隣に並んでいるイノリくんを見て、おお! って思ったのに、人違いだってなったからガックリしたんだよ」
うーん。
僕もそのとき、ガッカリしてたんですよ。
「ま、とにかく! あのとき、バイオリンを弾いてたのはイノリくんなんだね?」
立ち上がり、ビシっと指をさしてくる月見里さん。
「あ、う、うん」
すると突然、月見里さんが僕に抱きついてきた。
……え? えええええ!?
な、なになに?
月見里さんは、僕の胸に顔を埋めてポツリとつぶやいた。
「お礼を言いたくて、ずっと……ずっと探してたんだよ」
「……」
「ありがとう。イノリくん」
よくわからないけど……生きててよかった。
この公園にはベンチがないから、僕と月見里さんはブランコに並んで腰掛けている。
くそ。マジでベンチくらい設置しろって。
そうすれば、もっと接近できたのに。
「中学の頃さ、私、自分が養子って知ったんだよねー」
「……え?」
さらりと、とんでもないことを言う月見里さん。
「養子だからって、別に意地悪とかされてたわけじゃないんだ。逆にすごい可愛がられてたんじゃないかなぁ。お父さんとお母さんは、なかなか子供ができなくて、それでもやっぱり子供が好きだから、私を養子にしたんだってさ」
「……」
「あ、ちなみに、本当の親の顔は覚えてないよー。生まれてすぐ捨てられたみたいだから」
えへへ、と恥ずかしそうに頭をポリポリと掻きながら言う。
「でね、最初に、なんか変だなーって思ったのは、弟ができた時かな」
「変?」
「空気が変わったっていうのかな。なんでもかんでも弟が中心になったんだよね。最初は赤ん坊がいたら、そっちが優先になるのはしょうがないって思ったんだけど……。私に対しての接し方? が、なんか冷たくなった気がしたんだ。必死に気のせいって思ったんだけどね」
口元は笑っているのに、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「辛いなら、話さなくていいよ」
「ううん。聞いてほしいの。……あ、イノリくんの方が聞くの、嫌かな? そうだよね。他人の不幸話って、どう反応していいかわからないもんね」
「聞くよ。何も言ってあげられないかもしれないけど、ちゃんと聞く」
「ありがと。イノリくんの、そういうところ、好きだよ」
今にも泣きそうな顔で、それでも必死に笑みを浮かべる月見里さん。
「中学二年の時、戸籍を見たんだ。なんかね、その時、私の学校で流行ってたの。戸籍を見せ合うっていうのが。今考えても、変なのって思うけどね。で、私は見たわけ。私の戸籍を」
「……」
「そのことをお父さんとお母さんに話したら、あっさりと全部教えてくれたんだ。私はお父さんとお母さんと血がつながってないって。その時『血は繋がってなくても娘だよ』って言ってくれたけどさ。やっぱり、本当に血が繋がった子供の方が可愛いよね。ずっと欲しかったんだしさ」
涙がこぼれないようにか、月見里さんは上を向く。
「やっべー。私、この家に居場所がないー! って思ったわけ。そしたらさ、私って、誰からも必要とされてないんじゃないかって思っちゃうわけですよ。思春期って怖いですなぁ」
その気持ちはわかる。……だって、僕も同じだから。
「そんな時だった。私はイノリくんに出会った」
「……」
「すっごい、優しい音色だったんだよ。なんかさ、いいよって言ってくれてるみたいだった。私は、ちゃんとここにいてもいいんだよって」
月見里さんが僕の方を向いて、微笑む。
今度は、すごく嬉しそうに。
……そうだ。あのときも……三年前、僕のバイオリンを聞いている時と同じ微笑みだった。
「一目惚れだったなぁ。……あー、えっとね。正直に言うと、その……音色というか、存在? に惚れちゃったって感じだから、あんまり顔を見てなかったんだよねー。いやぁ、とんだ困ったちゃんですよー」
うーん。それは、嬉しいのか、嬉しくないのか、判断が微妙な感じなのですが……。
「で、告白しようって決心した、次の日からイノリくん、いなくなっちゃうんだもん。もう! 泣きそうになったよ!」
ぶう、と頬を膨らませる月見里さん。
「あー……。うん。ごめん」
あの日の夜、僕の両親は事故に遭ったのだ。
そりゃ、てんやわんやで、バイオリンどころじゃなかったんだよ。
なんとか落ち着いたのは、三ヶ月くらい経ってたし、一応、駅で張り込みとかしたけど、見つからなかった。
……というのは、まあ、話すほどじゃないかな。
なんか、不幸合戦みたいになっちまうし。
「ま、いっか。こうして、再会できたんだもんね」
「そう……だね」
「私さー。結婚するなら、その人と、って決めてたから、他の人と付き合うのは浮気って考えてたんだよね」
「……へー」
最近、この『結婚』って言葉、よく聞くなぁ。流行ってんの?
「でも、イノリくんに出会って、好きになって……。やっばっ! 浮気になっちゃうって、自分で勝手にテンパってさ」
ん? 今、なんか凄いこと言わなかった?
も、もう一回言ってくれないかな? 録音するから。
突然、月見里さんが立ち上がり、僕の目の前に立ち、高らかにこう宣言した。
「撤回します!」
と。