青手木家の前。
恐らく、青手木にもう一度聞いたところで、話してくれないだろう。
ということで、事情を知ってそうな人に聞こうと思って、やってきたのだ。
多分、メイド長さんなら、何か知ってるはずと思う。
ちなみに、学校はサボりました。
あー、もう、不良、まっしぐらだ。
なんて、言ってる場合じゃない。
今回はちゃんと正門から、呼び出しベルを押す。
しばらくの沈黙の後、明るい声がインターホンから聞こえてくる。
「あら、千金良くんじゃない」
ほどなくして、門が開き始める。
おお、すげえ!
自動だ!
僕は青手木家の玄関まで続く、石畳を歩く。
相変わらずデカイ家だよな。
ただ、その割には、ホント人気ない。
そのうち、幽霊屋敷って噂が立つんじゃねえか?
玄関付近まで来たとき、いきなりドアが開く。
「また来てくれたのね! あ、もしかして、愛人になりに来た……とか?」
……青手木のお母さんは、相変わらず派手な人だった。
やたらと露出が激しい、赤いドレス。
なんか、ハリウッド女優あたりが着てそうなやつ。
ネックレスも、高そうだし。
「えっと、聞きたいことがあって……」
「なに? 私のスリーサイズ? いいわよ。ベッドの中でゆっくり教えてあげるわ」
青手木のお母さんが僕の隣に来て、腕を絡ませてくる。
いやいやいや!
腕に胸が当たってますって!
「当ててるのよ」
にこりと妖艶な笑み浮かべる、青手木のお母さん。
読心術は止めてください。
……てか、僕、そんなにわかりやすいですか?
クラスの奴らにも、色々筒抜けだったし。
「あ、青手木……いや、シオさんは……」
「なーにぃ? シオに会いに来たの? 面白くなーい」
腕を振りほどこうと力を入れたが、逆にもっと胸を押し付けられてしまった。
しょうがないので、諦めることにした。
……しょうがなくだぞ!
あくまで!
べ、別に、胸が気持ちいいからじゃないんだからねっ!
……ツンデレ風に言ってみたが、意味ねえな。
ただのエロガキの言い訳みたいじゃねえかよ。
「あの子なら、帰って来てないわよ。色々、準備とかあるから、帰ってくるのは夜になると思うけど」
「……準備?」
「あら? 聞いてない? 結婚式のよ」
「結婚? 誰の……ですか?」
「シオの」
「だ、誰と……ですか?」
心臓がバクバクと鳴り始める。
なんで、こんなに動揺するんだ、僕は?
「私とだよ」
後ろから声がして、振り向くとそこにいたのは――。
「あら、雄一さん、早いのね。シオと一緒にドレス選ぶんじゃないの?」
「馬鹿馬鹿しい。そんな子供みたいな真似できるか。シオには、好きなものを選ぶように言ってきた」
「冷たいわねー」
「そんなことより、離れたらどうだ? 千金良くんが困ってるだろ」
「妬いてるの? 雄一さんだって、十分、子供っぽいわよ」
「堂々と浮気をするなと言ってるんだ」
「それこそ、雄一さんには言われたくないわ。結婚するなんて、究極の浮気でしょ。しかも、私の娘とよ」
「……まあ、そうだな」
また、僕がその場にいないかのように、話が進んでいく。
「だったら、私が少しくらい浮気しても、構わないと思うけど?」
「まったく、仕方ないやつだな」
「ちょっと待ってください!」
「ん? どうしたの? 千金良くん。怖い顔して」
「今、青手木が、この人と結婚するって言いませんでしたか?」
ビシッと雄一(どうしても、さんを付ける気になれない)を指差してやる。
眉間にシワを寄せ、不快そうな顔をする雄一。
「言ったわよ」
「……は?」
「なに? シオから聞いてない? 今度の日曜に挙式よ」
「ちょ、ちょっと待ってください! その……この人は、あなたの恋人じゃないんですか?」
「恋人だってー。そんな初々しい言い方されると、照れちゃうわよね、雄一さん」
「答えてください!」
「そうだとして、何か問題あるかね?」
「いや、問題も何も、話にならないでしょ! なんで、青手木が自分の母親の恋人と結婚するなんてことになるんですか!」
「この人、株で失敗したの。だからよ」
……ホント、話の通じない人たちだ。
それとも、僕の理解力が足りないんだろうか?
「失敗じゃない。ベッカー商事の株は、必ず回復するはずだ」
「負け惜しみは見苦しいわよ」
「……ふん。どう解釈するかは、お前の勝手だ」
「だから! ちゃんとわかるように説明してください!」
「やーね。千金良くん、怒りっぽいわよ。カルシュウム足りてる?」
ブチ切れそうだ。
ホント、青手木の関係者は、僕をイラつかせるのがすこぶる上手いな。
「はいはい。そんなに睨まなくても、説明するわ。えっとね、つまり、雄一さんはお金が必要になったよ。で、家のお金が必要になったわけ」「それが、青手木の結婚と、どういう関係……」
「焦らないの。説明するって言ってるでしょ」
「ふん。餓鬼は、これだから……」
馬鹿にしたような目で、雄一が見てくる。
よし、最初に殴るのは、こいつからだな。
「お金が必要だからって、簡単に、はい、どうぞって渡すわけにはいかないのよ。色々、税金がかかっちゃうでしょ。もったいないじゃない」
「……」
前置きが長いのは我慢しよう。
また、雄一に馬鹿にされるのは、しゃくにさわるからな。
「で、どうすればいいか。それは、家族になっちゃえばいい。財産は共有になるから簡単に渡せるのよ」
「……お金のやり取りのことはよくわかりませんが、それなら、あなたが結婚すればいいんじゃないですか? てか、それが普通だと思うんですけど」
確か、青手木のお母さんは結婚してないと言っていた気がする。
だから、重婚とかにはならないはずだ。
「私、縛られるの、きらーい。結婚なんて冗談じゃないわよ」
「は?」
「だから、シオと結婚させるってわけ。いいアイディアでしょ」
その言葉で、僕の頭の中は真っ白になった。
そして、僕の脳裏には、ベッドの中で涙を流していた青手木の寝顔が思う浮かんでいた。