「イノリくんは、学校辞めないよね?」
朝、学校に行き、自分の机に座って教科書を入れていると、開口一番、月見里さんにそう聞かれた。
「え? あ、うん。別に、そんな予定はないけど……」
なんだろう。
千金良イノリ、自主退学説でも出てるのだろうか?
……一日、休んだだけで?
それって噂っていうよりイジメだと思うけど。
「そっかぁ。じゃあ、青手木さんだけなんだね」
ホッとしたように胸をなでおろす、月見里さん。
「……え?」
今、さらっと変なこと言わなかった?
「ね、ねえ、月見里さん……」
その時、ガラガラっと教室のドアが開く。
「はいはーい。みんな、席に座ってねー」
担任が入ってくる。
月見里さんが「それじゃね」と言って、席へと戻った。
「じゃあ、青手木さん、入って、みんなに挨拶してくれるかなー」
「……」
青手木が無言で、教室に入ってくる。
「えっと、昨日も言いましたが、この度、青手木さんは学校を辞めることになりました」
「……え?」
「さ、青手木さん、なにか一言、お願い」
「……」
無表情で沈黙する青手木。
「え、えっと……青手木さん?」
「……」
無視。
うーん。
青手木がこの対応をするのを見るのは久しぶりだ。
……にしても、学校を辞める?
どういうことだ?
聞いてないぞ。
必死で、どういうことだと視線で青手木に問いかけるが黙殺される。
というより、こちらを全く見ようとしない。
まるで、ここに僕が存在していないかのような……いや、以前の青手木と僕の関係に戻ったような、そんな感覚だ。
「きゅ、急に挨拶なんて言われても、困るわよねー」
慌ててフォローを入れる、担任。
「じゃあ、みんなから青手木さんに何かメッセージとかないかな? これで最後になるんだし、頑張ってねー、とか」
担任がそういうと、細谷(月見里さんの友達だ。念のための補足)が手を上げる。
「青手木さん、今回、学校を辞めるのは結婚するからって聞いたんですけど、ホントですかぁ?」
教室内がザワザワとざわめく。
そして……教室の人間が、ほぼ全員、僕の方を見る。
なぜ、みんな、僕たちの関係を知ってるんだ!
まさかな、と思い、チラリと月見里さんの方を見る。
ブンブンと首を横に振って、両手で大きく×を作った。
そうだよな。
月見里さんが言いふらすとは思えん。
……というか、もしかして僕の隠蔽工作、失敗してた?
嘘だろ……。
「……」
細谷の質問に対して、なんの反応も示さない青手木。
「こらこらー。そんなプライベートな質問したら、ダメでしょ! そういうんじゃなくて、応援の言葉とかないのー?」
青手木が困っているのかと勘違いしたのか、担任が細谷を注意する。
いや、それ、困ってるんじゃなくて、聞いてないだけ。
青手木は興味のないことは、基本、スルーだから。
突然、青手木が歩き出し、教室のドアを開ける。
「あれ? 青手木さん? どこ行くのー?」
「帰る」
一言だけ言い残し、廊下に出ていく青手木。
「ええー……」
担任は、青手木の傍若無人の行動に唖然とする。
……いや、答えてくれただけ、大分マシだと思いますよ。
教室内が静まり返り、青手木の廊下を歩く音だけが響く。
おっと、こうしてはいられん。
僕はサッと手を上げる。
「先生、具合悪いので、保健室行っていいですか?」
その言葉で我に返ったのか、担任がこちらを見る。
「え、ええ。いいですけどー」
僕はすぐに立ち上がって、廊下へと出る。
すると、教室がワッと歓声が沸き上がった。
……なぜ?
聞き耳を立てると「え? 青手木さんの後、追ったんだよね?」とか「なになに? 駆け落ち?」とか色々な言葉が聞こえてくる。
くそっ!
青手木を追うこと、バレバレじゃねえか!
ちゃんと、僕、保健室に行くって言いましたけど?
みんな話聞いてましたか?
まあ、今はそんなことより、青手木を追うのが先決だ。
いきなり学校を辞めるって、どういうことだよ。
もしかして、僕が学校に来るなっていうのを変に受け取ったわけじゃねえだろうな。
それだと、かなりヤバイ。
別に、辞めるまでしなくていいって。
そんな的はずれなことを考えながら、僕は青手木を追うために、走ったのだった。