午後の授業はサボった。
心の整理をつける時間を要求しても、誰も文句は言うまい。
月見里さんも、僕が帰る時にはさすがに何も言ってこなかった。
うーん。
まさか、伝家の宝刀「友達のままでいましょう」を抜かれるとは思わなかった。
いっそ、フッて欲しかった。一刀両断して欲しかった。
ということで、僕はひとり寂しく下校しているのだ。
まあ、いつも一人なんだけどな。
「いっそ、青手木と結婚するか」
その独り言に、自分で笑ってしまう。
「……」
一瞬、それも有りかと思った自分に対して、腹立たしさを覚える。
好きな人にフラれたから、自分を好きと言ってくれた人と付き合う。
うーん。最低な気がする。
全然笑えない。
っていうか、別に青手木に好きって言われたわけじゃないんだけどな。
ま、どうにでもなれだ。
青手木から慰謝料を請求されたら素直に払おう。
一生かけてでも。
なんか、自暴自棄になってないか? 僕。
まあ、分からんでもない。
……いや、自分の気持ちが分からんでもないって。
分かるだろ。
普通。
でも、今だけはマジでわからんのだ。
「ただいま」
ドアを開け、玄関に入る。
「……」
無反応。
あれ?
いくら待っても、青手木がやってこないので素直に靴を脱ぎ、廊下を歩く。
ずーっと突っ立てるのもアホみたいだしな。
リビングに入る。
しかし、そこには荒らされた痕跡だけあって、肝心の青手木の姿がなかった。
僕の部屋にいるかと思って覗いてみたが、やっぱりいない。
うーん。
改めて、リビングの状況を見てみる。
違和感があるのは、その荒らされ具合だ。
中途半端過ぎる。
僕が朝、家を出てから、今、早退して帰ってくるまで、約五時間。
青手木なら、これの倍くらいは荒らしているはずだ。
買い物にでも行ったか?
そう考えて、それはないと頭を振る。
あいつは、無類の不器用で、かつ、バカが付くほど真面目だ。
一度、一つのことを始めたら、猪突猛進。
その作業が終わるまで、他のことはしない。
というより、できない。
ミステリー。
青手木が消えた。
「……」
まあ、いいか。
逆にいなくてラッキーだ、くらいに考えよう。
それでなくても、僕はまだ月見里さんにフラレたダメージが抜けてないんだ。
僕はとりあえず、ベッドの中に潜り込むことにした。
今日はバイトも休みだし。
疲れていたのか、僕は朝まで、泥のように眠ったのだった。
次の日、僕は学校を休んだ。
まだ、月見里さんと話しをするどころか、まともに顔を見ることもできなさそうだから。
……完全に休みぐせがついちまったな。
皆勤賞が消えてから、タガが外れた感じがする。
さて、学校を休んだはいいが、何しよう。
さすがにもう眠くない。というか、寝すぎで少々頭が痛いくらいだ。
バイトまで十時間くらいあるからなぁ。
とにかく、リビングをなんとかするか。
青手木が掃除した後片付けをする。
でも、そんなに時間は潰せなかった。
青手木が途中で掃除を放棄したから、それほど散らかっていないのだ。
ふむ。まいったな。
取り敢えず、飯を食って、勉強し、バイオリンの練習などをして時間を潰した。
バイトの時間になり、家を出て、十二時すぎに帰宅する。
家の中は真っ暗だった。
リビングも、僕が出ていった時と何も変わらない状態。
なんか調子狂うよなぁ。
椅子に座って、リビングを眺める。
リビングってこんなに広かったっけ?
なんて、どうでもいいことをぼんやりと思う。
……あれ?
考えてみたら、一日、青手木の顔を見なかったなんて、久しぶりのことじゃないのか?
妙な話だ。
僕が結婚届けに名前を書く前は、青手木の顔なんて、一年で数回しか見なかったのに。
風邪でもひいたとか。
うーん。
それでも、あいつなら普通に来そうだけどなぁ。
あ、もしかしたら、メイド長さんが止めたのかも。
それなら、なんとなくありえる気がした。
電話くらいしろよ。
それこそ、あいつがよく言う「妻として当たり前のこと」だと思うぞ。
まあ、いい。
しょうがないから、明日、見舞いでも行ってやるか。
そう考えて、自分を納得させ、僕は眠りについた。
事態は急展開を迎えていたのに。
そう。
僕はのんきに寝てしまっていたのだった。