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第21話 失恋

「イノリくんらしいねー」


 お腹を抑えて、転がりながら、ケラケラ笑う月見里さん。

 チラチラと見せてはいけないものを見せながら。


「寝ぼけて結婚届に名前書くって! ダメだー。お腹痛いぃ」


 もちろん、僕は見ないように視線を外す。僕は紳士的な男だ。

 おヘソや白い布を見せながら転がる月見里さん。

 五分後、ようやく落ち着いた月見里さんは、スクっと立ち上がる。


「バカ者!」


 いきなり、月見里さんに頭をチョップさせた。

 さっきとは打って変わって、真剣な表情。

 というか、ちょっと怒ってますか?


「イノリくん!」

「は、はいぃ!」


 僕はピンと背筋を伸ばす。


 ……ん? なんか、デジャブ。

 こんなやりとりが、さっきあったような……。


「相手に嫌われて、うやむやにしようなんて、男らしくないぞ!」

「……返す言葉もございません」


 あ、正座した方がいいですか?


「まあ、断って、相手を傷つけたくないって言う優しい部分はイノリくんらしいけどさ」

「……」


 あー……。

 それは、考えたことなかったなぁ。

 青手木を傷つけてでも、早く開放されたいと思ってましたよ。

 逆に。


「でもね。そういう優しさが、逆に相手を傷つけることだってあるんだよ」

「……はい」

「きっと青手木さんは本気だよ。イノリくんと結婚するつもりだと思う」

「……うん」


 それは身をもって思い知らされている。


「だから、イノリくんにそのつもりがないなら、ちゃんと断らないと」「……でも、慰謝料、一億円とか言われたんだけど」

「しょうがないよー。体売ってでも、払うしかないって」


 さらっと怖いことを言う、月見里さん。


「大丈夫! いざとなったら、私も手伝ってあげるよ」

「え?」

「なーんて、冗談、冗談!」


 あっはっはと笑う、月見里さん。


 えーと、どこからが冗談か、教えてくれませんかね?

 「体売ってでも」からですよね?


「私も一緒に謝ろうか?」


 今度は心配そうな顔をする月見里さん。

 どうやら「体売ってでも」から冗談だったらしい。


 ……ホッとした。


「いや、自分でちゃんとケジメつけるよ」

「そっか。……なんなら、月見里家に伝わる、土下座術、伝授しようか?」

「……いや、大丈夫」


 一瞬、迷ったが、月見里さんの土下座姿は見たくなかったので、断ることにした。


 ……にしても、この歳で借金、一億かぁ。

 なんか、色々終わった気がするな。

 一億って、凄すぎて全然、実感湧かねーや。


 それに、ちゃんと真摯に謝れば、青手木は許してくれそうな気がする。

 ……希望的観測だけど。


「それにしても、呼び出された時はドキドキしたよ。イノリくん、真剣な顔だったしさぁ。私、てっきり仲人でも、頼まれるかと思った」

「……」


 いや、仲人って。

 別に月見里さんが、青手木を紹介したわけじゃないでしょ。


「でさ、話しは戻るけど……」


 一気に月見里さんの顔が真っ赤になり、モジモジし始める。


 うーん。

 今日は月見里さんの色々な表情が見れる日だな。

 なんかラッキーだ。


「ん? えっと、なんだっけ?」

「私もね、イノリくんのこと、好きだよ」

「……」


 うおっ! 危なかった。

 今、一瞬、昇天しかけた。


 突然の言葉に、嬉しさの絶頂を迎え、魂が天へと召されるところだったぜ。

 まさしく、天にものぼる気分。


 ……そういえば、僕、告白してたんだったな。

 告白した本人が忘れるって、どうよ。


 って、そんなことはどうでもいい。

 今、月見里さん、僕のこと好きって言ってくれたよな?


 ってことは……。

 ってことはだな……。


 やったーーーーーーーーーー!

 うおーーーーーーーーーー!


「でも……ごめん」


 深々と頭を下げる月見里さん。


「お?」

「イノリくんとは付き合えない」

「……」


 うおっ! 危なかった。

 今、一瞬、他界しかけた。


 突然の言葉に、絶望の絶頂を迎え、魂が地獄へと落ちかけたぜ。

 地獄を見るとはこういう気分なのか……。


「私ね……。好きな人がいるんだ。……片思いなんだけどね」


 好きな人。


 ……僕のことも好きと言ってくれた月見里さん。

 でも、僕への好きは、友達としてで、そいつのことは異性として好きということなんだろうな。


「あのね! イノリくんにお願いがあるんだ」

「な……に?」


 かすれた声しか出なかった。いつの間にか、口の中はカラカラに渇いていた。


「告白、断っておいて、こんなこと言うの勝手だと思うんだけど……」

「……」

「今まで通り、友達でいて欲しいんだ」

「……え?」

「私、イノリくんを友達として失いたくないんだ。今まで通りにお話もしたい。ダメ……かな?」


 残酷だよ、月見里さん。

 この先、手の届かない人の横でずっとその人を見ていかなきゃならない。

 月見里さんの恋の応援ができるほど、僕は人間ができちゃいない。


「あ、うん。いいよ」


 ……つくづく、僕はチキンだ。


「ありがと」


 バツの悪そうな笑顔。苦笑とはまた違う、どう言っていいのかよくわからないけど……。

 でも、僕は思ってしまった。


 可愛いなって。

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